中尾山-茶臼山 その2 2009.5.2

●ヤマモミジ。

●カラコギカエデ。

●相変わらずたくさんのミツバアケビの実生。荒れた里山の再生には、まずヤマフジ、クズ、ミツバアケビなどの蔓植物の駆除から始めます。
 
●シダの群生。オシダ科のイノデです。

●開いたもの。
 
●オランウータンの手のようなシダ。

●妙に可愛い。
 
●茶臼山手前の展望台に着きました。

●10:44 今日も北アルプスが見えます。早めの昼食タイム。
 
●山布施の遙か向こうに鹿島槍ヶ岳。

●左に鹿島槍ヶ岳。

●右に白馬三山。

●ハイブリッドのソメイヨシノと違って山桜は、木によっても咲く時が違うので長く楽しめます。
 
●茶臼山山頂へ。左へ160m。
●茶臼岳、茶摩山、茶磨山などとも書かれ、全国に200以上あるもっとも多い山名だそうです。茶臼とは甜茶を抹茶に挽く石臼です。抹茶が日本に入ってきたのは鎌倉時代。茶道が武将の間に広まったのは戦国時代にかけてといいますから、茶臼山という名称も室町時代以降といえるのではないでしょうか。戦国当時、名だたる武将は陣を張るとまず幕内に茶臼をしつらえ、抹茶を立てて一服するのが習わしだったそうです。抹茶を飲む事は、精神を落ち着けるとともに、相手を粉々に粉砕するという意味も含まれていました。
 その茶臼を使わない時に布をかぶせると富士山のような形になります。その形に似ている山ということで、全国各地に茶臼山という山があるのですが、大阪の茶臼山(大阪夏の陣で真田幸村が布陣)のように武将が好んで布陣した山でもあります。武将にとって縁起のいい山名だったのでしょう。そのため、茶臼山には山城が築かれたところも多くあります。また、それより遥か昔には古墳だったところもあります。円墳や前方後円墳の後円部は茶臼の形をしています。そう考えると、武田信玄が茶臼山に布陣したというのも、そう荒唐無稽な話ではないかもしれません。

●11:15 茶臼山山頂(730m)。GWというのに誰もいません。更級郡誌(明治45年3月刊)に、「茶臼山は691mとあり、茶臼山の東北なる灰白色の山を中尾山とし、その北なるを光林寺山とし、その北西を高松山とす」と記されています。茶臼山に限らず明治時代の里山の標高は、かなりいい加減です。
 
●展望もないですからね。南へ下ると南峰や自然植物園への道へ。ここに松本市のアルプス公園のように木造の展望台があると、みな来るでしょうね。長野市は里山の公園の整備がほとんどないですね。

●西へ回り込んで。
 
●右へ南峰と旗塚、左へ自然植物園と恐竜公園。

●11:55 自然植物園の最上部。ポストに地図はありませんでした。
 
●レンギョウは終わりましたが、先日とは別の山桜が満開でした。

●足元に小さなカキドオシ。

●藤棚が続きます。ヤマフジです。

●レトロな案内図。
 
●八重山吹。

●太田道灌のうたが有名ですね。実の(箕)ひとつだに…。
 
●ドウダンツツジ。

●アスレチック広場からは、子供達の歓声。
 
●林間から川中島。

●なんでしょうねと近づいてみると…。
 
●想い出しました。息子達がおしりが痛い滑らないとクレームをつけたローラー滑り台です。不人気なのかだれもいません。スライダーを作ればよかったのに・・。

●公園の中間点、展望台から川中島。

●右に根子岳と四阿山。

●息子二人と従兄弟二人を連れて遊びに来たのは、もう10年も前のことです。お腹から入って口から顔を出せます。食べられた気分。
 
●あの時と同じように小さな子供たちが嬉々として遊んでいます。尻尾が滑り台。

●足元で恐竜に蹴りを入れている元気な子がいました。
 
●これも尻尾が滑り台。

●おとぎの広場。カチカチ山のうさぎがいます。小さな子向けかな。
 
●ぎっしりと恐竜がいるわけではなく、ポツンポツンといるのです

●空を飛んでる翼竜…
 
●管理事務所を左へ。

●ツツジの向こうに鏡台山と斎場山。★パノラマ山座同定

●12:41 出入り口のゲート。ここを左に戻るように下ります。

●左上から来て、右下へと下ります。
 
●お寺に沿って下り、左へ。

●岡田の集落へ。案内標識がポイント毎にあります。
 
●集落を抜けるとリンゴ畑。


こんな標識が随所にあります

 
●満開のリンゴの花。

●味がいいと評判の共和の林檎畑。毎年いただいていました。
 
●斎場山脈と戸神山脈。★山座同定

●共和の林檎畑から見る茶臼山と長塚山、中尾山。★パノラマ

●中尾山温泉への農道がハイキングコース。極緩やかな登りです。
 
●大量死が問題になっているミツバチの養蜂箱。最近の研究で、「蜂群崩壊症候群(CCD) 」は、ネオニコチノイドを成分とするグリホサート系の除草剤が原因と判明しました。ハチの中枢神経を狂わせ失踪して死んでしまうのです。除草剤のラウンドアップは欧州では使用禁止です。

●紅葉の頃もよさそうです。今日は急に気温が上昇したので少しばてましたが、満開のリンゴの花で少しは癒えました。この山裾には、中越地震を起こした活断層が、飯山から善光寺を通ってこの西山の麓を通り、冠着山の麓の方へ抜けています。いずれ大きく動けば茶臼山は崩れる運命にあるのかもしれません。
 
●リンゴ畑と鏡台山。

●中尾山温泉へ戻ります。
 
●岡田川右岸の小径を。夏場は蜂に要注意。

●駐車場が見えました。昔左奥に射撃練習場があったことを思い出しました。
 
●昭和33年中尾山自然公園記念植樹の石碑。

●1:13 橋を渡って下ると駐車場です。
 
●西側から見た現在の茶臼山(左)と1929(昭和4)年当時の茶臼山(右)。(茶臼山トレッキングコースパンフレットより)

●中尾山(古名:郷内山)に関しては、山塊のことで山頂はないと地元の人はいうのですが、明治の村誌を見ると標高が書いてあります。つまり山頂はあるということです。岡田村では、高四十丈(約120m・茶臼山:高四十八丈)と。山の反対側の山布施村では、高二十丈(60m・茶臼山:高六十丈)と、倍も開きがあります。しかも、これは海抜標高ではなく、村からの比高のようですが、それでも変です。低すぎます。郷内山は、共和村地図で664.5m(現地形図で660mのことか)と記されています。
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