今井財産区と雪洲神社 2009.4.16
●昔は、燃料として大量の薪が必要だったために、水利権と同様に入会権も争い毎の対象になったようです。茅葺きだったので茅場も必要でした。村の者なら誰でも入って薪をとっていいという入山という地名は、各地にあります。関ヶ原の戦いの頃、日本の人工は1200万人程。それが江戸時代になると一気に増え、幕末の頃には3000万人ぐらいになり、明治に入ると一気に増加します。そのため、燃料としての薪や屋根を葺く茅、家畜の牧草を確保するために里山は過剰利用になりました。そのため全国各地で入山権をめぐって騒動がおきています。その先人の苦労はプロパンガスの普及まで続きました。その後は、逆に放置された里山が荒れ放題になり、熊の出没や鹿の異常繁殖など新たな問題を引き起こしています。

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