鏡台山-妻女山 その4 2009.3.1

●鞍部から見上げる鏡台山。遙か遠くになりましたが、今日はこれで見納めです。

●切り株に杉の実生。

●実生のアップ。
 
●蕗。山の蕗は味が濃くて美味です。これは雄株。

●3:25 天城山北面の林道出合い。ここから妻女山方面の清野側を月夜平といいます。土口側は堂平。堂平古墳群があります。
 
●右手に上杉軍の陣城があったと伝わる陣場平を見ながら下ります。昔は入山(だれでも入って薪を採っていい山)で、その後桑畑になり、養蚕が廃れてからは林になりました。ここは月夜柵ともいいます。

●陣場平の北側の下にも、ご覧の通り広い平地があります。
 
●長坂峠、古名・東風越(こちごえ)から見る斎場山(さいじょうざん・妻女山)。斎場山古墳(二段の墳丘裾を持つ円墳)があります。

●東風越から見る左、冠着山。中央有明山。右、三峯山。
 
●天城山を振り返って。手前は堂平。手前の左上が陣場平。

●3:38 斎場山(513m)。伝謙信本陣跡。直径12mほどの斎場山古墳(円墳)の上になります。攻め込んだら蛻(もぬけ)の殻。

●ノケダンを下っていくと、いつものニホンカモシカの母さんに遇いました。久しぶりです。★接近

●寄りすぎてさっと逃げたのを呼び止めると振り返ってくれました。
 
●3:57 妻女山松代招魂社。★歌碑

●第10代最後の松代藩藩主・滋野幸民と記された招魂社の題字。1866(慶応2)年〜1871(明治4)年。伊予宇和島藩主伊達宗城次男で養子。
 
●4:11 妻女山展望台。戦国時代は、赤坂山、または単に赤坂といわれたところ。川中島が一望できます。ここを戦国時代の妻女山と勘違いしている人がほとんどです。そもそも戦国時代には、妻女山(さいじょざん)という名称がありません。斎場山(さいじょうざん)です。よって同音読みの西条山と誤記されたわけです。明治初期の土口村史には、斎場山について「齋場山、又作祭場山、古志作西條山誤、近俗作妻女山尤(もっとも)非なり」と書かれています。

●これが斎場山。右の尾根の先端は韮崎。
 
●江戸時代に作られた物語の謙信槍尻之泉。最近改造されました。もっとも江戸時代の霊水騒動の時の泉は、これより東にありました。

●会津比売神社(會津比賣神社)。祭神は、「會津比賣命(アイヅヒメノミコト)」です。『會津比賣神社御由緒』には、信濃の国の初代国造建五百建命の后なりとあります。元は大きな神社だったらしいのですが、上杉方についたために、武田が北信濃を支配したときに焼き払われ、その後小さく再建されたという伝承があります。
『日本三代実録』には、貞観8年6月甲戌朔条 (866)無位会津比売神に従四位下(じゅしいげ)を授くとあります。
 
●芭蕉句碑「秋日塚」。「赤々と日はつれなくも秋の風」両角吾仏の書。明治15年頃の建立。

長野電鉄河東線踏切から見る現在の妻女山(旧赤坂山)。ここが会津比売神社の表参道入口です。
 
●4:30 夕日に染まる国道403号線。長い尾根と長い一日でした。
戸神山から斎場山への断面図
■倉科字杉山・節分草群生地■ 2009.3.2
 早春に咲き、2、3ヵ月でその年の生活サイクルを終え消えてしまう植物は、スプリング・エフェメラル(Spring Ephemeral、春の妖精、春のはかない命)と呼ばれますが、セツブンソウはカタクリと共にその代表的な花といえるでしょう。    前日、三滝から鏡台山へ登る際に、節分草が数輪咲き始めましたという2月24日付けの案内を見ました。また、途中で出合った地元の人にも花を見に来たの?と聞かれたのですが、方向が違うので後ろ髪を引かれる思いで三滝へ。幸いにも翌日訪れることができました。

●千曲市倉科字杉山の群生地。★案内看板

●遊歩道が整備されています。

●横顔。★節分草とは。その1
 
●今年の満開は15日過ぎとか。★節分草とは。その2

●未だ寒い陽光を浴びて。★節分草とは。その3
 
●あまり撮影する人はいない後姿。

●花びら(実は萼)の直径は約2cm。★節分草とは。その4
 
●うつむき加減の花は逆光が美しい。★節分草とは。その5

●三輪並んで。★節分草とは。その6

●近くの杉山古墳群の六角形古墳。帰りにサルナシの青い実を見つけました。かじると甘酸っぱい味がしました。熊の大好物。
■鏡台山から妻女山までの長〜い尾根■

★姥捨山上の千曲川展望台から見た鏡台山方面の大パノラマ。今回の縦走ルートが一望できます。918k山座同定
●古くは埴科郡の中心に有る山として大人にも子供にも親しまれていた鏡台山。実は倉科、森など千曲市のほとんどの場所から見えない山です。松代町西条からも見えません。そこで、見える三滝山(戸神山)が、鏡台山の肩のような頂でしかないにもかかわらず、地元では色々な名称に使われたのではないでしょうか。鏡台山は、むしろ坂城の側からのほうがよく見えます。長野市立清野小学校の史料を見ると、昔は3年生以上が妻女山から鞍骨山、戸神山脈を通って鏡台山まで遠足やキャンプに行ったと書かれています。松代町が長野市に合併し、埴科郡が小さくなっていくに従って鏡台山も、やがて名前だけの山になってしまったようです。大きな山塊が魅力的な山です。最近は登山道の整備も進んだので、また子供達や若い人達が親しんでくれるといいなと思います。熊鈴かラジオは必携です。
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