鏡台山-妻女山 その2 2009.3.1

●霧氷の森が光り始めました。微風でも霧氷がカサカサと落ちてきます。

●11:30 鏡台山南峯山頂(1269m)。10数人のグループが昼食中。坂城の和平から登って笹平に下って戻るそうです。私も昼食。

●11:45 見晴らしもないので15分で出発。
 
●11:52 再び北峯通過。大正時代に行われた運動会の説明があります。

●防火帯の白樺。上空は晴れてきました。
 
●自分の足跡を戻ります。

●唐松の霧氷。
 
●12:00 再び三滝山へ。自分の足跡を辿ります。麓から12時のメロディが微かに聞こえます。

●往路に最後の急登を避けて右へトラバースしたために尾根の稜線から少し外れていました。
 
●12:07 三滝山。登ってきたのは左10時の方向ですが、右下に旧道のような窪みを見つけたので、真っ直ぐ辿ってみます。

●道は、植林帯の縁を高遠山方面の尾根へと続いているようです。

●左に進路を取って急斜面を下ると作業道に出ました。

●12:14 辿ると往路に通った広場に出ました。予定通りです。
 
●サワグルミの分岐通過。すぐに右の森に入ります。

●ニホンカモシカの踏み跡を辿って尾根の稜線を歩きます。尾根が平坦で迷いそうですが、高みをトレースします。
 
●ニホンカモシカはリョウブの樹皮で角研ぎをするのですが、高さ40センチぐらいまで。これは食痕でしょうか。近年上田市北部でも目撃例があるニホンジカか?

●やがて尾根は痩せてきて急下降します。
 
●12:23 妻女山方面への尾根上にある林道に出ました。左へ下ると百瀬。直進します。この長い尾根を戸神山脈といいます。

●少し進むと戻るように西条の稲葉へ下る道。倉科から傍陽へ抜ける道を傍陽街道といいます。西条からこの峠を越えて坂城の日名へ越える道は日名街道といったのでしょうか。古誌には猿飛越とあります。
 
●武田別働隊は、西条の唐木堂越え(左の写真の道)を登ってこの尾根(森の平)を通って進軍したと江戸時代の書物には書かれています。BGMは、石川さゆりの「天城越え」なんかどうでしょう。

●右手の下には、西条の稲葉の畑地が見えます。

●12:32 昭和30年12月21日と氏名が記された石碑。

●林道は、ほぼ尾根の稜線をいきます。
 
●高遠山も見えます。稲葉の畑地が白く光っています。

●獣たちの足跡が点々と。
 
●コブの東面を巻く道にはかなり雪が残っています。

●伸びやかな唐松。
 
●踊る赤松の枝。

●12:43 1042mは、東面の巻き道を下っていきます。前方には大嵐山(杉山)977.5mのシルエット。
 
●西は倉科の大峯山(841.4m)。

●大きな枯れ木が二本立つ大嵐山と1042mの中間地点。

●振り返ると鏡台山が見えました(左)。

●多少のアップダウンはありますが、全体的には下りです。
 
●右が鬱蒼とした植林帯のヤセ尾根。大嵐山は近い。

●googleマップの航空写真でもはっきりと写っていた島状のコブ。右へ。
 
●すぐに猪のプール。

●12:55 ここで林道は右の支尾根にそれていきます。大嵐山は左10時の方向。
 
●植林帯の境を登っていきます。

●西条側に何本か木落の沢がありました。
 
●この先で灌木がかなり五月蠅くなり、枯れ木をどかしながら登りました。

●北側へ、これも木落の沢。

●12:59 大嵐山(杉山)977.5m。三等三角点。

●樹間から鏡台山と辿ってきた尾根。
 
●遠く眼下に倉科の里。おにぎりをひとつ食べました。

●1:14 北の御姫山に向かって出発。
 
●滑りやすいかなりの急斜面。

●狸の溜糞。狸の公衆便所で情報交換の場です。
 
●尾根の高みを辿ればいいのですが、灌木に遮られることも多いので獣道をトレースします。

●左前方に御姫山。間にコブがあります。
 
●足跡はニホンカモシカのものです。
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