斎場山古墳巡り その2 2008.12.13

●林道を登り山小屋の敷地へ。声をかけましたが不在なので入らせていただきました。

●10:51 西面にまわると開口部があり、古墳と分かりました。直径が12mほどの横穴式円墳です。

●開口部は西方を向いています★古墳の説明
 
●高松宮陛下来訪の石碑と古墳の標識。

●古墳から望む千曲川
 
●古墳の裏側。

●中央が古墳です。急斜面を登ります。
 
●途中で見つけた大量の糞。やはり柿の種が大量に含まれています。夜間に里の柿を食べた証拠。狸の溜糞か。

●コエゾゼミの死骸。ギーーーーーと鳴きます
 
●11:04 天城山登山口の林道に出ます。

小春日和の暖かい陽射し

●林道を下ります。

●コブの上から見る陣場平。写真では分かりにくいのですが、かなりの広さがあります。
 
●陣場平。カモシカによく遭遇する場所です。再び足を踏み入れてみました。夏場は藪で入れないところです。

陣場平北側には、東西に長く石垣があります。かなり古いものです。この上にひとつだけ積石塚古墳が残っています。
 
『甲陽軍鑑』の編者・小幡景憲彩色の「河中島合戰圖 」には、この辺りに上杉の陣所が描かれています。

●ガマズミ
 
●陣場平の切岸を右に見ながら下っていきます

●この辺りも東風越まで緩斜面が続きます。
 
●左手に冬枯れの季節しか見えない斎場山。

●松代側から土口・雨宮に東風が抜ける東風越の峠。古道が横切っていました。跡があります。

●11:32 すぐに長坂峠の分岐。右へ妻女山。左へ斎場山と土口将軍塚古墳、薬師山。

●斎場山から薬師山へ続く林道を辿ります。この尾根を長尾根・長坂・清野坂などといいます。
 
●林道から見る左、陣場平と右奥の天城山(てしろやま)。

●斎場山(旧妻女山)513m。二段の墳丘裾を持つ円墳です。現在の妻女山は、下の旧赤坂山。
 
●11:37 円墳の上部は直径10mほどの平地。第四次川中島合戦の際に上杉謙信が床几を据えて本陣としたと伝わる場所です。

●眼下に千曲川。この対岸に武田軍が勢揃いしたのでしょうか。
 
●正面に飯縄山と戸隠連峰。ここでお昼ご飯にしました。

●西には俗に旗塚と呼ばれる古代のお墓が七基並んでいます。謙信が妻女山を下りる前に軍旗を埋めさせた塚といわれていますが、実際は県司、郡司の墳墓ということです。
 
●写真では分かりにくいのですが、はっきりと二段の墳丘裾が確認できます。天城山が見えます

●西へひとつめの旗塚(墳墓)。

●二つ目。

●三つ目。
 
●四つ目

●五つ目。
 
六つ目。七つ目は不明。

●猪が掘った水浴び場。
 
●御陵願平。古代にここより古墳を拝んだのではないかという言い伝えです。大きく二段に分かれており、会津比売神社があったのかもしれません。

●陽を浴びたヤマコウバシの枯葉。
 
●急坂を薬師山方面へ下ります。

●アオツヅラフジ。

●坂の途中から薬師山方面。

●坂を下りきると平坦部が100m以上続きます。
 
●北側の岩野集落と千曲川

●南側の土口集落と唐崎山。
 
特徴的な房状の実がなるヌルデ。

●ウルシ科のヌルデの実。
 
●ヌルデの樹皮。秋にはいち早く鮮やかに紅葉します。

●ヌルデの実。
 
●実のアップ。
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