妻女山(斎場山) その1 2008.8.13
妻女山は往古赤坂山といった。本当の妻女山は斎場山という。
 8月13日(水)、古代科野の国の歴史の山「斎場山」へ。
斎場山は、本来の妻女山であり、古代は国造(くにのみやつこ)により祭祀の行われた神聖な山であり、戦国時代は第四次川中島合戦において上杉謙信が本陣を置いたとされる歴史有る山です。
 信州とはいえ夏の低山は、日中はとても登れません。早朝に登ることにしました。


 それでも日が昇ると気温はグングンと上昇し、汗だくの山歩きとなりましたが、冬や他の季節では見られない斎場山脈を知ることができて、有意義な山歩きでした。

■星印
のある写真をクリックすると拡大します。

■今回のコース
岩野--千曲川堤防--薬師山土口将軍塚登山口--薬師山(437.7m)--土口将軍塚古墳--斎場山(本来の妻女山513m)古墳--林道(杏の里ハイキングコース)--妻女山(本来は赤坂山411m)--会津比売神社--妻女山登山口(351.6m)--国道403号線(谷街道)--岩野
■全行程:約2時間・休憩を含む 気温:0度 標高差:約162m
■登山地図にないコースです。★二万五千分の一地形図必須・季節によっては、熊・猪・スズメバチ・マムシ対策も。
★狩猟期は、ハンターが入ります。いずれも個人所有の山なので、マナーを守ってください。
■妻女山については、★妻女山の位置と名称についての特集ページをご覧ください。


斎場(妻女)山脈の今昔

●1983年5月3日撮影。上信越自動車道がまだ無い良き日の斎場山脈。★クリックで拡大。以下★印同様。
千曲川の堤防より見た斎場山脈。左(東)に妻女山(赤坂山)右に薬師山(笹崎山)。中央の最も高い山が斎場山。地元ではみな本当の妻女山(正しくは斎場山)と呼び、本陣跡・床几塚・謙信台・龍眼塚などと呼んできました。

●2007年8月13日撮影。★816k山座同定
斎場山(妻女山)トレッキングルポ

●5:50 早朝の岩野集落。坂上田村麻呂に由来する清水庵地蔵堂

古い土蔵のある旧家。静かです。

●千曲川の堤防に乗ります
 
●左手に目指す斎場山を見ながら上流へ。

●千曲川の流れ。遠くの山は、信玄の本陣・茶臼山。
 
●土手を外れて左へ

●6:03 土口将軍塚古墳登山口
 
●長野電鉄屋代線の北山トンネルの脇から登ります。

●対岸は横田河原。
 
●北山トンネルの上から岩野駅方面。

●先祖の墓にお参り。

●右下には、昔の谷街道の跡でしょうか、細長い削平地が笹崎の尾根を巻くように延びています。

●露草など夏草が埋め尽くす山道
 
●ヒヨドリバナ

●ヒヨドリバナ。
 
●やがて尾根に乗ります。スポーツゼリーで栄養補給。

●6:13 薬師堂瑠璃殿。★笹崎山薬師如来の縁起
 
●平坦な尾根を東へ200m弱進みます。

●第四次川中島合戦の時には、この尾根に上杉軍が大勢陣取っていたといわれていますが、強者共が夢の跡。聞こえるのは蝉時雨のみ。
 
●埴科古墳群のひとつとして国指定史蹟になった土口将軍塚古墳。前方後円墳です。夏の低山の藪こぎにカマは必須です。

●藪で巻き道が使えないので乗り越えていきます

●夏草の鬱蒼とした後円部。

●後円部から見た前方部。両脇には積み石が散乱しています。
 
●慎ましく咲くアキノキリンソウ

●樹間から見えたのは…
 
●斎場山後背の天城山(てしろやま694.6m)。川中島から見ると斎場山はこの山の手前に隠れるため、この山を妻女山と描いた絵図が江戸時代には見られます。

●さらに200mちょっと歩を進めます。この間標高差はほとんど無く、尾根の幅もあるので布陣するには最適な場所だったと思われます
 
●急登をこなして御陵願平(龍眼平)へ。

●草いきれでムンムンとしています
 
●6:26 やっと御陵願平。現在の地名は転訛して「御陵安平」または「龍眼平」「両眼平」ですが、正しくは「御陵願平」です。

ヤマハギ(山萩)マメ科ハギ属。

●ヤマハギ。

●夏草の生い茂る御陵願平。
 
●月見草(マツヨイグサ)。

●夏場は草で分かりませんが、大きく二段に分かれています。伝説の往古の会津比売神社の跡か。
 
●緩やかに登って斎場山へ。左手には、古墳時代の県主、郡司を祀った斎場祭壇といわれる丸い塚が七つ隠れています。

●適当なところから藪こぎして頂上へ。オオスズメバチに要注意
 
●開けて頂上。斎場山古墳(円墳)の頂です

●6:33 斎場山頂上(513m)
 
●川中島は朝もやの中

●斎場山山頂から見た360度のパノラマ立体地図。★必見
■「国土地理院の数値地図25000(地図画像)『松代』」をカシミール3Dにて制作。

●うっすらと対岸の東福寺が見えます

●6:36 景色もおぼろなのでさっさと下山。

●淡く可憐なカワラナデシコ。
 
●二段の墳丘裾を下って林道へ。

●長坂峠・東風越(こちごえ)に下ります。
 
●クズの向こうに天城山。

●手前の中腹に林道が消えます。その下が緩斜面の堂平。武田別働隊は、右手の鞍部から堂平を経て陣場平へと攻め込んだと思われます。信じられないほど広い平地が、あの中腹に隠れています。
 
●右手は陣場平陣場平北側には、東西に長く石垣があります。かなり古いものです。『甲陽軍鑑』の編者・小幡景憲彩色の「河中島合戰圖 」には、この辺りに上杉の陣所が描かれています。

●現在の妻女山(411m)へと下ります。ここもオオスズメバチに要注意の場所です。今回はセーフ。
 
●ノケダン(野毛壇)を妻女山(往古の赤坂山)へと下ります
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