妻女山(赤坂山)展望台から望む斎場山(妻女山)と川中島 2007.8.16 
●昔は、茅葺き屋根が多かったので、この山も茅が多かったと父は言います。大規模に植林が行われたのも戦後です。昔はもっと見通しが良かったに違いありません。
 この上の入山は皆が薪をとったところですし、陣場平、堂平は、養蚕が盛んな時期は、桑畑でした。山の様子も時代によって様変わりします。葛が繁茂するようになったのも、温暖化の始まった近年です。
●茶臼山は崩落が激しいので、戦国当時の面影は、全く留めていないと思われます。かつては、右に北方、左に南峰があったのですが、大正時代時大規模な山崩れを起こし、
現在南峰は、ご覧の通り小さなピークとなってしまいました。子供の頃は、よく化石を掘りに行ったものです。
実は、茶臼山は、有旅の茶臼山と石川の茶臼山(川柳将軍塚)があります。茶臼山は『甲陽軍鑑』には出てきません。
初出は『甲越信戦録』です。そのため有旅茶臼山本陣説は、距離、場所の悪さから創作であり、実際は石川茶臼山に陣を取り、その後横田、あるいは会に本陣を進めたのではないかともいわれています。
石川茶臼山は、韮崎の向こうの紅白の鉄塔の奥の山で、川柳将軍塚古墳があります。
茶臼山の北峰と南峰の間に見えるのは、神話の山、虫倉山(1378.1m)。

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