土口将軍塚から土口を望む 2007.1.2
●左に森将軍塚、有明山が見えます。その奥には、冠着山(姨捨山)。右手には雨宮の渡があるように、土口は古くから千曲川の氾濫にさらされてきました。そのため家の土台を数メートルも高くしつらえる土盛りがしてあります。長野電鉄雨宮駅近くの「雨宮の渡跡」には、謙信の心情を詠った頼山陽の漢詩の石碑があります。

鞭聲粛粛夜過河(べんせいしゅくしゅく、よるかわをわたる) 
暁見千兵擁大牙(あかつきにみる、せんぺいたいがをようするを)
遺恨十年磨一剣(いこんなり、じゅうねんいっけんをみがき)
流星光底逸長蛇(りゅうせいこうてい、ちょうだをいっす)

信玄をうち倒せなかった謙信の無念さは計り知れないものです。「信玄の侵略により信濃の豪族たちは滅亡に追いやられ、神社仏閣は破壊され民衆の悲しみの声は絶えず。隣国の主としてこれを黙認することはできぬ。」(信濃国更級八幡宮願文)
八幡原にその銅像がある謙信と信玄の一騎打ちが有名ですが、「上杉家御年譜」には影武者の荒川伊豆守なる者であったと書かれています。あるいは影武者同士の一騎打ちだったのかもしれません。いずれにしても、謙信が刀を抜いて戦ったことは史実のようです。

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