妻女山松代招魂社(妻女山頭赤坂山鎮座)2006.12.31
●戊辰戦争の戦没者を祀る招魂社。4月25日、戦前は松代周辺の合同の大祭で、舞楽の奉納があり、剣道、相撲の奉納試合が行われ、多くの露天も並び、善男善女の参拝者で賑わったそうですが、今は静かに佇むのみ。鳥居は、現在は東側の清野道島(きよのどうじま)から登ってくる表参道の方、東側にありますが、大正時代の写真を見ると、南側に鳥居があります。つまりこの写真の左手、駐車場との境の土塁のあたりにあったということです。
招魂社は、麓の清野小学校の児童には、かっこうの遊び場であり、私が子供の頃には、なにかにつけて登ったものです。低学年の時には、祖母と柏餅のカシャッパを採りに来ました。高学年の時には友人と秘密基地を作って遊びました。中学生になり何年か経って登ったときに、その秘密基地が壊れてもそのまま残っていて、もう子供時代には戻れないんだなと、切なく思った記憶があります。今でも帰省すると、必ず一度は登らないと気が済まない山です。右手後方に見える山は、富士ノ塔山。
▼下の写真は、私が所有する大正時代の赤坂山(妻女山招魂社)の写真です。おそらく4月25日の春の大祭の模様だと思われます。撮影位置は、招魂社南にある駐車場の位置より更に岩野側に少し下りた辺り。当時、写真手前は斜面になっていますが、現在は駐車場として平らに造成されています。左に下りてくる男性が見えますが、「上杉謙信槍先の泉」方面へ下る昔の作業道と思われます。鳥居が現在とは異なり、南側にあります(現在は東側)。その後、この鳥居は木製で腐ってしまい、長らく鳥居は無かったのですが、戦後寄贈されて現在の位置に建てられました。右に人垣が見えますが、剣道か相撲の奉納試合を見ているのでしょう。現在に比べると木がまばらで小さいのが分かります。まだ桜の木は植えられていません。昔は清野側の表参道がメインだったのですが、西側の道が舗装されて車で登れるようになってからは、岩野側が表参道のようになってしまっています。

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