妻女山 2006.1.1
 1月1日(日)、2006年の元旦を迎えた信州善光寺平は、快晴でした お屠蘇気分もそこそこに息子達と妻女山へ登ることにしました。
 戦国時代、川中島合戦の折りに上杉謙信が陣を構えた妻女山(本当は赤坂山、旧妻女山は斎場山513m)は、標高こそ411mしかありませんが、その眺めはなかなかです。


 また、ここは神話の里でもあります。そんな歴史に思いをはせながら、コバルトブルーの空に、今年一年の家内安全・商売繁盛・五穀豊穣・家庭円満・さらには世界平和なんぞを祈念したのでありました。

■星印のある写真は、クリックすると拡大します。

■今回のコース
妻女山登山口--妻女山(赤坂山)展望台--招魂社--登山口
★頂上までは4WDであればいくことが出来ますが、アイスバーンがありスタッドレスでは無理、チェーンが必須です。
●妻女山の他のレポは、●2003.8.8の妻女山--天城山トレッキングルポ、●2004年1月2日の妻女山
2007年1月2日のこれが本当の妻女山(妻女山は、赤坂山!本当の妻女山はここだ!)
妻女山の位置と名称について  特集ページ。必見!


谷街道(国道403号線)から長野電鉄河東線の踏切を渡り、上信越自動車道をくぐると登山口。後方の曲がり角には、上杉謙信が槍の尻で地面をついたら、水が湧き、泉が出来たといわれる「上杉謙信槍尻之泉」。江戸時代に霊水騒動がありました。
 
●樹間から陣馬平山。

●昔はリヤカーがやっと通れるぐらいの未舗装の山道でしたが、1969年(S44)の海音寺潮五郎原作の大河ドラマ「天と地と」にあわせて拡張され舗装されました。なんでも2007年(H19)の大河ドラマは、井上靖生誕100年で「風林火山」だそうです。山本勘助に焦点を当てるとか。「啄木鳥の戦法」を謙信に見破られた勘助が、全身に八十六ケ所の手傷をうける奮戦の末、討ち死がクライマックスか。それにしても、今度はどんな大騒ぎになるやら…。
 
●伸びやかな冬木立。

●ドピーカンで雪目になりそう。風もほとんど無く、穏やかな元日の午後。
 
●標高差は100mもないのですぐに頂上です。

●日当たりの良いところは路面が出ていました。前方の頂きは、古来「斎場山」と呼ばれる本来の妻女山(513m)。謙信が床几を置いた処といわれ「床几塚・謙信台」と呼ばれています。右手には天城山にある坂山古墳を拝んだといわれる御陵願平(龍眼平)があります
 
●ゆっくり15分ぐらいで妻女山(赤坂山)山頂です。まずは展望台へ。

●西方には北アルプス。★北アパノラマ510k山座同定
 
●北方には戸隠連峰と長野市のシンボル・飯縄山。この真下には、埋められてしまいましたが、千曲川の古い流れの跡のなごりの沼・蛇池があり、子供の頃には雷魚などを釣ったものです。

●東方には根子岳と四阿山。★根子岳,四阿山パノラマ510k
 
●戸隠連峰と飯縄山。★望遠パノラマ510k

●雲一つ無い青空、蒼空、碧空。長男の撮影。★204k
 
●戸隠から高社山、笠岳まで見えました。★パノラマ612k山座同定

●コバルトの大空に一筋の飛行機雲。
 
●上だけ見るとカリフォルニアの空のよう。

●のんびりと展望を楽しんで、次男はソリで下山。北信濃の雪は、山を越えてくるので、新潟の雪と違ってパウダースノーです。降ったばかりはサラサラして固まらないため雪合戦や雪だるまができません。
 
●一面の銀世界だと抽象絵画のようになります。

●飯縄山望遠。★306k
 
●北アルプス望遠★306k

●ここは狭くて滑りにくいぞ。★MOVIE3.2MB

●斎場山(標高513mの旧妻女山)は、北信濃最大級の円墳があり、古来神々を斎(いつき)祭る神聖な山という意味で、斎場山→祭場山・妻女山となったといわれています。また、東に清野、西に岩野という集落がありますが、それぞれ、清野は須賀野の義、斎野→岩野となったといわれています。
麓の会津比売神社は、諏訪大神の後裔・熊野出速雄命の妻女といわれる、「会津比売命」が祭神です。全国に同名の神社は無く、特異なお宮です。
元は山上にある大きな神社だったらしいのですが、上杉方についたために、武田が北信濃を支配したときに焼き払われ、その後小さく再建されたということです。
 
●狐か狸の足跡がありました。営林署が害獣駆除のために野ウサギ退治として狐を放したため、狐は増えましたが野ウサギはほとんど見られなくなりました。猪とカモシカも増えています。

●立ち枯れのカラマツ。
 
●次男はスピードを上げて、どんどん小さくなっていきました。

●戦後国策で植えられたカラマツも、山藤や葛、三つ葉通草などの繁茂によりあちこちで立ち枯れが目立つようになりました。
 
●登山口を出て振り返ったところ。妻女山(赤坂山)は標高411mと低いのですが、上杉が陣を構えた陣馬平はさらに南へ15分ほど登った標高520mの辺りです。実際そこは招魂社のある妻女山よりかなり広い平坦な地形で、南東の清野側には、千人窪と呼ばれたなだらかな谷間もあります。ちなみに地元ではさいじょさんではなく、さいじょざんといいます。

●雪原には、カラスの争った跡や小動物の足跡がたくさんありました。★204k歴史
 
●1月4日の妻女山(赤坂山)。更に積雪があり、奇妙山も真っ白になりました。★408Kパノラマ

MORI MORI KIDS ■MORI MORI KIDS Nature Photograph GalleryI ■CAPINO CAPINO(C) in Tokyo Japan since 08.04.2003
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