金華山 その1 2004.8.14
 8月14日(土)、信州松本市の里山辺に、小笠原氏城跡の林城趾のある金華山(864m)という山があります。今回は夏休み特別企画として、信州の歴史を尋ねる山登りを企画しました。名付けて「夏休み林城趾探検隊」この夏は猛暑でしたが、幸いに当日は台風の影響か久しぶりに気温が下がり、快適な山歩きができました。
            
 林城は、建武年中(1334)信濃守護職小笠原貞宗が府中(松本)に井川館を設けて以来、長時が武田晴信の侵攻により信濃を退去する天文19年(1550)までの約200年間にわたり小笠原氏が本拠とした城です。
本郭の東北部には水の手の遺構、城下の林部落には町割、侍屋敷の名残をとどめています。


 この林城は、大蒿崎(おおつき)の谷を隔てた南西の方角に林・小城を築き、大城(金華山城)・小城(福山城)が周りの出城と連立して機能していたと考えられています。現在、松本城は国宝として観光地化し、通年多くの観光客で賑わっています。一方、林城は訪れる人もほとんどなく閑寂としています。しかし、歴史を調べれば、戦国乱世には、松本城はこの城を支えるに過ぎない些細なものであった事が分かるはず、ということです。
            
 深い歴史を秘めた信濃の貴重な遺構であり、無節操な観光開発等による破壊がなされないように願います。昭和45年10月22日長野県文化財保護条例第二条により長野県史跡に指定されています。

●今回のコース
薄川・金華橋--東城山遊歩道--金華山(林大城趾)--薄川・金華橋(全行程約1時間30分・休憩を含む) 気温25度。
金華橋の土手に数台駐車スペースがあります。また、金華山の北側を回ると林道経由で頂上近くまで車で行くことができます。

●10:30 松本ICを降り、松本市街を抜け、薄川の北側の堤防道路を東へ走ると金華山が。クリックでパノラマ写真と歴史。
 
●尾根に乗れば緩やかですが、そこまでは急です。ほぼ独立峰のようにそびえています。クリックで拡大パノラマ写真と山城について。


●遊歩道入口に説明の看板が。クリックで説明文が拡大。

 


●「夏休み林城趾探検隊」の面々。他に熟年2名と中年1名は車で。


●登りはじめの斜面は急峻です。でも整備された遊歩道がジグザグに登っているので快適に高度をかせぐことができます。
 


●ほどなく松本平が一望できる場所に。クリックで拡大。


●尾根に乗るにはもう少し。岩石の多い山です。

 
●15分ぐらいで尾根に乗りました。

●四阿がありました。頭のタオルはハチよけです。
 
●東城山遊歩道の解説。クリックで拡大


空堀ですね。遊歩道を横切っています。


赤松が増えてきました。セミが鳴いています

●思ったよりも距離があります。
 


●えぐれた道。これは雨が降ると川になりますね。


●さっきよりかなり深い空堀です。クリックで拡大。

 
●削平地。クリックで拡大。

●右上の写真の反対側を見たところです。
 


●尾根道はゆっくりと登りが続きます。


●見事な赤松の林。古い城趾の雰囲気が出てきました。

 
●山登りになれていない隊員が遅れ出しました。


●またまた空堀。

 
●里山ですが、花や紅葉の季節ではないので少し単調です。

●また削平地と段差。南側です
 
●これは北側。結構な幅があります。


●東屋が見えてきました。この前に降りてきた地元の方とすれ違いました。ここにはなかなか市の予算がつかないのだと話していたそうです。あまり人が来ないからか、地元の方がこまめに掃除しているのか、ゴミも落ちていませんでした。山頂まで30-40分です。

 
●曲輪に囲まれた二の郭への石段。クリックで拡大。里山はたいていどこもそうですが、この山も何人かによる個人の所有だそうです。ちょっと雰囲気にそぐわない安っぽいベンチがありましたが、きもちのいい城跡です。

●史跡の看板。クリックで拡大。
 


●二の郭と思われる平地にある東屋。


●さらに主郭に向けて石畳が続きます。

 
●これも空堀でしょうか

主郭への途中から二の郭見下ろしたところ
 
●石段というよりは石畳という感じですが、かなり崩れています。

●いよいよ主郭です。クリックで拡大。
 
●土塁の外側は曲輪がぐるりと取り巻いています。
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