妻女山、天城山(坂山)-その1 2003.8.8
 8月8日(金)。川中島合戦の古戦場、長野市松代町岩野にある妻女山の南の天城山(てしろやま、別名:坂山、通称:三角台)に登ることにしました。頂上には坂山古墳があります。妻女山までは車で行けるので、登山は妻女山頂上の招魂社の駐車スペースからとなります。



 夏の里山なので、藪こぎがあるかもしれません。熊出没注意の看板もあります。蛇やスズメバチにも注意が必要です。夏は山菜も無いし地元の人も登らないでしょう。
 川中島合戦の妻女山、古墳のある天城山と、歴史を尋ねる登山でもあります。展望の良さも楽しみな山です。

■今回のコース
妻女山招魂社--山と杏の里ハイキングコース(林道)入山--陣馬平--鞍部--岩の小ピーク(明聖砦跡)--天城山(坂山)--妻女山展望台
コース時間:2時間22分(休憩時間を含む)
●地元ではさいじょさんではなく、さいじょざんと発音します。
■本当の妻女山については、2007年1月2日のフォトレポをご覧ください。現在の妻女山は、戦国時代は赤坂山です。本当の妻女山は!?


●千曲川の堤防から見た妻女山(赤坂山)。クリックで拡大パノラマ写真と、妻女山と坂山の古墳のいわれがご覧いただけます。冬の保基谷岳から鞍骨山、妻女山、薬師山のパノラマ写真は、こちらをクリック。

●妻女山頂上の展望台から見る茶臼山。妻女山は、高い山ではないのですが善光寺平の大展望が見られます。上杉謙信が陣を布いた妻女山古墳のある512mの頂(戦国時代の妻女山)は、さらにここから南西へ20分ほど登ったところになります。

●9:08 妻女山頂上にある招魂社を出発。松代藩が幕末に明治政府軍として、幕軍と戦った戊辰戦争の戦没者を祭った社です。瓦には真田の六文銭(六連銭)の紋が記されています。ここを上杉謙信が陣を張った陣馬平としている歴史家もいますが、それは間違い。地元の伝承や古文書によると、陣馬平はもっと上の方で、標高500-530mぐらいにある平地です。
 
●左に続く平地ですが、これは近年駐車場として整備されたもので、昔は細い山道が通るだけの狭い尾根でした。左は清野に続く林道で新しいものです。登山道は右の細い林道を行きます。昔は、その分岐までが赤坂山。その上からが妻女山といいました。手に持つ鎌(カマ)は、人のほとんど入らないこの時期の里山を歩くための必需品で、藪こぎに使います。また、月の輪熊と遭遇したときの武器にもなります。ならないか…。

●冗談ではなく、熊に注意の看板があります。熊よけの鈴をならして歩きます。猪やカモシカもいます。また、右にロープが張ってありますが留山です。マムシやヤマカガシもいるのでむやみに林に入らないでください。夏期はオオスズメバチがいます。
 
●コジャノメもしくはヒメジャノメ。名前の通り日陰を好む蝶で、曇りの日や夕方によく飛び回ります。クリックで拡大します。

●山と杏の里ハイキングコースのじぶたれた看板がありました。坂山を通って倉科に下り、杏の里で有名な千曲市森へと続きます。
●(写真右)なだらかな林道を歩きます。下を走る上信越自動車道の車の音がうるさいのが難点です。
 

●死の天使といわれるドクツルタケ。軸にささくれが少ないのでシロタマゴテングタケか。いずれも猛毒。この夏は雨が多く気温が低かったので、キノコもたくさん出ていました
 
●ヒヨドリバナ(鵯花)。キク科フジバカマ属。ヒヨドリが鳴く頃に咲くからというけれど、その頃咲く花は他にもいっぱいありますね。

●9:19 10分ほどで、反対側の土口の集落が見える分岐・長坂峠(東風越)に着きました。ハイキングコースの林道は左。そちらに行きます。右手は円墳のある斎場山(旧妻女山)の頂を巻いて坂山古墳を拝んだといわれる御陵願平から土口将軍塚、薬師山(437.3m)、笹崎へと続き、斎場山脈といいます。

●長男が木の室でノコギリクワガタをつかまえたらアオカナブンが落ちてきました。

●他の甲虫にはない色と輝きは魅力的です。減少しているそうです。
 
●分岐から見る天城山(てしろやま)694.6mです。頂上に坂山古墳があります。戦国時代は清野氏の要害・鞍骨城小支城の天城城(てしろじょう)がありました。雨宮音頭には、「天城招くよ妻女山」という歌詞があります。

●このあたりの林道は、四輪駆動の車ならなんとか登ってこられますが、かなりの悪路です。先のカーブ辺りを東風越といい、旧道は、ここを横断していました。
 
●南西を見ると、上信越自動車道のトンネルがある有明山が見えました。この下が千人窪。尾根の反対側にもチゲ窪という地名で、謙信軍が隠れたという地名が残っています。

●古いタイプの桃の木です。食べると固い昔の桃の味がしました。昔このあたりは桑畑や桃や梅の畑がありました。戦後すぐにGHQが撮影した写真には大きな畑が写っています。
 
●この先で林道は左に曲がります。この左にかなり広い平坦な地形があります。地元では陣馬平といい、川中島合戦のときに謙信が陣城を構えたところといわれています。夏は藪で見わたせませんが、冬枯れの季節に訪れるとはっきりと分かります。陣を貼るには最適な場所と思われます。この林道は、先のヘリコプターが衝突墜落した事故も起きた山火事の後に、更埴市(現千曲市)の要請で、山火事の消火のために地権者の無償提供で作られた林道だそうです。昔は細い作業道でした。天城山の西で林道は行き止まりです。

右下に降りていくと土口ですが、私有地で行き止まりです。この下が堂平で、山腹に細長い平地があり、堂平大塚古墳があります。蟹沢という水のわき出る場所もあり、槍尻の泉と同様に謙信の陣用水といわれています。私達は左へ進みます。
●(写真右)タケニグサ(竹似草)ケシ科。有毒です。東京の里山でもよく見る植物です。クリックで拡大。
 

●シモツケ。クリックで拡大します。
●(写真右)マンネンタケ。中国では霊芝(れいし)といい不老不死の薬。今は人工栽培もされています。クリックで拡大します。

●なんとアサギマダラ(浅葱斑)。 クリックで拡大写真が。
 
●林道脇に猪が掘った大きな穴がありました。

●美味しいウラベニホテイシメジでしょうか。でも夏に出るかな?毒のクサウラベニダケでもないし。信州ではウラベニもイッポンシメジということがあるので注意が必要です。ウラベニは中実で斑があり軸が地中深くあります。
 
●ヤマハギが今を盛りと咲いていました。

●ヤマハギ(山萩)の花のアップ。クリックで拡大写真が。
 
●エビガライチゴ。茎に紅紫色の粗毛が生えていて触れると痛い。荒々しい形とは裏腹に美味しいイチゴ。クリックで拡大。

天城山の登山道入口に着きました。左が登山道入口ですが、ものすごい藪でとても入れません。頂上を巻いて右の林道を進みます。この登山道も頂上左を巻くので、注意が必要です。
 
●カワラナデシコ(河原撫子・大和撫子)。可憐で美しい日本女性の別称として使われました。過去形か。クリックで拡大写真。

●ここはエビガライチゴが両側からせり出して道を完全に塞いでいたので藪こぎしないと進めませんでした。これは枝をはらった後です。

●左手上が天城山の頂上です。林道はこの先で一部崩落していました。毒草のタケニグサがたくさん生えていました。

●クサギ(臭木)。花は蘭のような芳香。クリックで拡大写真が。
 
●クサギの花のアップ。クリックで拡大写真が。

●ミヤマフキバッタ(深山蕗飛蝗)が脱皮した抜け殻です。羽根が退化していて飛べません。フキやクズの葉を食べます。関東の里山でもよく見られます。
 
●タラノキ。弱い木なので2番芽3番芽は採らないようにしたいものです。枝ごと切っていくなんていうのは言語道断。

●オカトラノオです。下から咲くので盛りを過ぎたところでしょう。
 
●頂上を回り込んでいくと、左手に鞍部が見え、林道からの登り口がありました。登山道はありません。林道もこの先で無くなります。

●鞍部に着きました。小道があります。手前に登ると天城山ですが、反対の杏の里コースに沿って行ってみます。父の話では、昔はこの辺りにもブナやホタルブクロ、リンドウなども生えていたそうです。しかし、木偏に無しと書くようにブナは無用の長物とされ、全て伐採されてしまいました。また、薪取りなどで山に入る人も無くなり、山が荒れてしまい、色んな植物が姿を消したそうです。
 
●すぐに大きな岩があります。これは右に巻けそうですが…。
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