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冬に似合うジャズアルバム。キャットの定盤(番)、ホットウィスキーと共に


 以前、『冬のうちに書くつもりが、春になってしまった「ある大雪の日の春樹さん一時行方不明事件」』でデューク・ジョーダンの『フライト・トゥー・デンマーク』などを紹介したが、意外と冬をテーマにした曲は少ない。しかし、クリスマスとなると、ジャズの名曲、名演奏はいきなり増える。いつのクリスマスだったろうか、春樹さんに誘われて国分寺の北口へクリスマスのジャズ・アルバムを探しに行ったことがあった。買ったのはフランク・シナトラのアルバムだった。そのアルバムは持っていないけれど、後に息子達が小さな頃に、『White Christmas』というオムニバスの二枚組のCDを買って、クリスマスになるとよく流した。ビング・クロスビーやフランク・シナトラ、ルイ・アームストロング、マヘリア・ジャクソン、ローズマリー・クルーニーなどのヴォーカルが50曲も詰まっているという豪華版。小さな息子達のために、出窓に小さなクリスマスツリーとイルミネーションを飾った。夜遅く仕事から帰ると、曇りガラスにイルミネーションが滲んでまたたいていた。今は独り身なのでクリスマスは無縁だが。
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 そういえばまだ独身の頃、アマゾンでクリスマスを迎えたことがあった。ジャングルの中にある辺鄙な日系人の入植地から船で帰り、アマゾン河河口の大都市ベレンに深夜着いた。アマゾン河の水面の彼方にビルから吊られた大きなクリスマス・イルミネーションが河面に映って揺れるのを、河船のハンモックから見ていたのを思い出す。河口から約1500キロ上流にあるマナウスの貧民街で女性ばかり3人の家に居候していたことがある。彼女達がクリスマスに田舎に帰るといってプレゼントを沢山買ってきた。その包装を手伝ったが、折り紙を添えたり、ちょっとしたペーパークラフトを付けてあげたら非常に驚いて喜んでくれた。彼女達のうち母子はその後ノルウェーに移住した。私が訪ねたのは真夏だったのでクリスマスは体験できなかったが、森の中にはクロスカントリーのコースがあり、図書館が併設されたスポーツセンターにはホットスパもあって、長い白夜の日々をそこで過ごすのだそうだ。気温が25度を超える日には、ケサランパサランが空を埋めるように飛んだ。友人の娘が4歳の頃に、彼女が好きなピンク色の浴衣を送ったことがある。後日送られてきたクリスマスパーティーの写真には、浴衣を着て友達に囲まれた笑顔の可愛い彼女が写っていた。彼女が7歳の時にノルウェーを訪れたが、全力ダッシュでジャンプして抱きつかれて、キャンディーを舐めたベトベトの唇で顔中にキスされた事は、決して忘れることができない。
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 冬は、ほっこりした演奏や暖かいヴォーカルが聴きたくなる。武蔵野の寒風から逃れてコンクリートの階段を下りると、心をくすぐるジャズの音が聞こえてくる。鉄の扉を開けると、熱いジャズの音楽と温かい空気に包まれてホッとする。ピーター・キャットに飛び込んだ客は、普段頼むオン・ザ・ロックではなく、チムニー・グラスに入れたホットウィスキーやホットラムを頼む人も少なくなかった。陽子さんが作ってきた肉じゃがなどもすぐに売り切れた。そんな寒い日には、心底ただ甘いヴォーカルが聴きたくなるものだ。自然とそういうリクエストが多くなった。実際、赤城颪が関東平野を駆け抜けて東京を吹き抜ける空っ風は、乾燥しきっていて身も心もカサカサにする。反対に、夏季は湿った海風に覆われ、信州の母はお前が送ってきたものは全部カビ臭いと常々言っていたものだ。冬は冬でコンクリートの建物は結露するので、冬でもカビが生えるから厄介だ。
まずはチェット・ベイカーの名演奏から、「Winter Wonderland - Chet Baker & The Lighthouse All-Stars」こんな美しいクリスマスのジャズ演奏もないだろう。「Christmas Waltz - Chet Baker & Wolfgang Lackerschmid
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冬のアルバム1
キース・ジャレット『ザ・ケルン・コンサート』、『TRESURE ISLAND』、『Death and the flower』。
Steve Kuhn『ECSTASY』、Paul Bley『Open,to love』、チック・コリア&ゲイリー・バートン『CRYSTAL SILENCE』


 私が持っている冬に似合うアルバムを並べてみた。左から、キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』。これは『村上春樹さんが絶対にかけちゃだめと言ったアルバム』の一枚で、店でかけることはなかったが、家ではよく聴いたし大学のキャンパスでもよく流れていた。クリスタルなピアノの響きが冬にピッタリだと思う。次は彼のhttps://www.youtube.com/watch?v=aVxEIOSncUw『TRESURE ISLAND』という1974年のアルバム。アメリカン・カルテットと呼ばれたキースのバンドで、私は非常に好きだった。一方、欧州ではヨーロピアン・カルテットを組み、リリカルな演奏を聴かせてくれた。次も彼のアルバムでhttps://www.youtube.com/watch?v=W5LGwOD2uMA『Death and the flower』。赤いバラのジャケットが印象的で、リクエストも多かった。この二枚は、よくかけた記憶がある。
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 次の三枚は、いずれもドイツのECMレコードのもの。ベルリン・フィル”のコントラバス奏者だった、マンフレート・アイヒャーが、The Most Beautiful Sound Next To Silence"(沈黙の次に美しい音)をコンセプトとして、キース・ジャレットを始め、多くのジャズ・ミュージシャンのアルバムを世に送り出した。Steve Kuhn(スティーブ・キューン)の『ECSTASY』は、1974年に出したソロアルバム。ECMサウンドに共通する冷たい透明感や緊張感が溢れている。次は、Paul Bleyの『Open,to love』というソロピアノのアルバムから『Ida Lupino』という曲。聴くと分かるが、透明感だけでなく音の雪崩が起きた様な情熱的な演奏も入る魅力的な演奏。作曲は奥さんだったカーラ・ブレイ。最後はキース・ジャレットと共にECMの二大巨匠、チック・コリアがヴィブラフォン奏者のゲイリー・バートンと共演した『CRYSTAL SILENCE』。まさに水晶の静寂というべきクリスタルな演奏。間違いなくECMの名盤の一枚。
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 ナット・キング・コールの甘いヴォーカルは、冬の定盤だね。「Mona Lisa(モナリザ)」。なんて美しい曲なんだろう。「Unforgettable」。娘のナタリーとの共演。「Natalie & Nat King Cole - When I fall in Love」。彼の甘い歌声は熟女殺しかな。冬の信州の凍結したワインディングロードで聴くと、アクセルも控えめになって具合がいい。スタッドレスを過信していると、必ず事故るんですよ。北国の冬を甘く見てはいけない。
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 在京時代に、主に夏と冬に家族で信州に帰省した。息子達が小さかった頃に、上信越自動車道で信州に入ると必ずかけたCDがある。中学の後輩で、今や世界的なアコーディオン奏者、COBAの『シチリアの月の下で』というアルバムだ。これの一曲目が「SARA」という曲なんだが、本当に素晴らしい曲で、夏の木漏れ日の中を走る時も最適だし、白銀の信濃路を走るのにもピッタリの曲。SARAというのは、彼が下宿していた家の若夫婦に生まれた娘の名前で、これに関しては、彼が非常に面白い感動的なブログを書いている。上信越自動車道の軽井沢辺りでこのアルバムをかけると、佐久、小諸を過ぎて、ちょうど東部湯の丸辺りで終わる。
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冬のアルバム2
レゲエ・クリスマス、ウェス・モンゴメリー『A Day In The Life』、日野皓正、菊地雅章、ジョー・ヘンダーソンの『JOE HENDERSON AND KIKUCHI, HINO IN CONCERT』。
マル・ウォルドロン『SKIPPIN’』、スタンリー・タレンタイン『LET IT GO』、ポール・デズモンド『Glad To Be Unhappy』、WHITE Christms 1. 2


 クリスマスとジャズというのは相性がいいのだろう。名盤が結構ある。特にヴォーカルは、ありすぎて困るほどだ。左は、ジャズではなくレゲエ。ジングルベルや赤鼻のトナカイなどの定盤をラスタマンが思い切りレゲエで歌っているという珍盤。アマゾンでクリスマスを迎えたことがあるが、熱帯や南半球のクリスマスは真夏なので、水着姿のサンタがいたね。セクシーなサンタもいるけど、基本的に日本と違って商業的行事ではなく宗教行事なので、家族で静かに過ごすのが定盤。次は、ギターの名手、ウェス・モンゴメリーの『A Day In The Life』。ピアノがハービー・ハンコック、ベースがロン・カーターという豪華な顔ぶれ。ビートルズの名曲をカバーして、フュージョン・ジャズの先駆けとなった名盤。決してイージー・リスニングではないですよ。
次は、日野皓正、菊地雅章、ジョー・ヘンダーソンの『JOE HENDERSON AND KIKUCHI, HINO IN CONCERT』。アルバムにはない「Dancing mist」の演奏。1971年8月5日 東京・都市センター・ホールのコンサートから。真夏のコンサートだが、真冬に湯気が立つホットウィスキーを両手で抱えながら聴きたい熱い演奏。
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 マル・ウォルドロンといえば、ビリー・ホリデーに捧げた『LEFT ALONE』がなんといっても有名で店でもリクエストが絶えなかったが、この『SKIPPIN’』は、所謂ジャケ買いというやつで、洋酒の瓶が並ぶジャケットが気に入って買った様な気がする。しかし、ハード・バップの演奏も聴き応えがある一枚。次は、テナーサックス奏者、STANLEY TURRENTINEの『LET IT GO』。当時奥さんだったシャーリー・スコットのオルガンとの演奏が非常に聴き心地が良い大好きなアルバム。ベースは、ロン・カーター。一番右は、ポール・デズモンドの『Glad To Be Unhappy』。好きな曲はB面の一曲目の「A Taste Of Honey」。ウエストコースト・ジャズを代表するサックス奏者。ジム・ホールのギターとの共演が優しく心地いい。雪が深々と降る降る静かな冬の夜に聴きたい一枚。
そして、手前のCD二枚が、ジャズボーカルが50曲も詰まっているという豪華版のアルバム。「ホワイト・クリスマス」はジャズの定盤で、色々なジャズメンが演奏したり歌っている。ルイ・アームストロングフランク・シナトラのは定番中の定盤。
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 ハッピー・クリスマス:ジョン・レノン。戦争がなくならないのは、戦争で金儲けを企む輩がいるから。戦争は米の公共事業。世界の軍産複合体こそが人類の敵である。強大な多国籍企業の農薬メーカー、医薬品メーカーも同罪。

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 文豪チャールズ・ディケンズの古典的名作を映画化した「 クリスマス・キャロル」 予告。

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 ユーチューブで、1970年台のムービーを探していた見つけた8ミリムービー。当時の風俗や空気が感じられるとっても素敵な動画だ。承諾を得て紹介させていただく。
『新宿 1975,冬』by yumejizoさん

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 トレンチコート、ダスターコート、スタジャン、ベルボトム。若い男性にパーマをかけた長髪が多いのも時代。新宿東口の昭和感が凄い。まだ開発途上だった西口の寂寥感。映っている幼女も40代だろうし、老人はほぼ亡くなっているだろう。女子高生も50代の熟女だ。ブルース・リーの看板が懐かしい。よく行ったのは三峰、伊勢丹、タカノフルーツパーラー、サブナード等々。タカノフルーツパーラーの6階にはワールドレストランがあって、ドイツ、イタリア、ハンガリー、インド、スペイン、南米などの料理が食べられた。デートで使った思い出がある。世界堂は遠かったが、美大生御用達の店だった。新宿サブナードは、1973年にオープンした。お洒落なテナントがたくさん入った。浪人時代だが、メンズビギの店で、コーデュロイの黒いスリムなジャケットを買ったが、これはお気に入りだった。チョコレート色のトレンチコートを確か三峰で買ったような記憶もある。大学に入る頃には、ファッションはJUNなどのヨーロピアン・カジュアルから、雑誌『POPEYE/ポパイ』や『Hot-Dog PRESS/ホットドックプレス』の影響で、アメリカン・カジュアルへと移っていった。紀伊國屋に本を探しに行った時は、必ず地下一階にあるインドカレーの店に立ち寄った。モンスナックという創業昭和39年の老舗なんだね。今回調べて初めて店名を知った・・。
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 学生の分際なので、さすがにキャバレーは行かなかったが、地球飯店とかWINPY(ウィンピー)は行ったね。風月堂、DIG、DUG、PITIN、洋食アカシア。ゴールデン街新宿西口思い出横丁、渋谷ののんべい横丁(小便横丁)やジャンジャン等に頻繁に行くようになったのは、大学を出てからだった。のんべい横丁の野川は、所謂業界人が集まる店でよく行った。半月というはんぺんを使った名物料理は、我が家の定番にもなりよく作った。ここでナンシー関さん一行と出会って飲んだのも、今となっては懐かしい思い出だ。新宿は、西口のぼるが、バガボンド。東口のその2とか・・。『Place(場所の記憶)』という当時を非常によく記した写真が豊富なサイトがあったのでリンクしておく。当時を知っている人には、涙なしでは観られない画像ばかりだろう。

ムサビ
冬の武蔵野美術大学。打ちっぱなしのコンクリートが余計に寒々しい。キースのソロコンサートのリリカルな調べが、キャンパス中に鳴り響いていた


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 今日はここまで。リンクの動画は削除されることもあるので、その場合は曲名とミュージシャン名で検索してください。

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