大河アマゾン・哀愁のサンタレン<Santarem>
 サンタレンは、タパジョス河に面したアマゾン河中流の中核都市。日系人も多く、作家の故開高健が『オーパ!』執筆の基地とした町でもある。
 町は河に沿って連なる堤防の内側にあり、タパジョス河がアマゾン河に合流するこのあたりは、遠く水平線が見渡せるほど河幅が広く、一瞬ここが海岸であるかのような錯覚を覚えるほどだ。
 けれども打ち寄せる波はない。そうか、やはりここは河なんだと思い出す。その目の前を、遠くヨーロッパから来た大きな客船が、ゆったりと河をさかのぼって行く…。子供たちが堤防から次々と河に飛び込む。河縁のバーのテラスで河風に吹かれつつ、冷たいビールを飲みながら見る夕焼けは、この世のものとは思えないほど美しい。
 住民はポルトガル系が多いが、リオやオリンダなどと違い黒人との混血は少ない。そのかわり先住民との混血が多く、小柄で褐色の美人が多い。イラセマ、タイヨナーラなど先住民の名前を持つ人も多い。そしてサンパウロなどの大都市と違い、街はいかにものんびりとしていて、人々の表情も穏やかだ。70年代はガリンペイロ(金採掘人)が二丁拳銃をぶら下げて街を闊歩していたそうだが、今はさすがにそんなことはない。ただ金鉱に近いため、ガリンペイロは多い。金鉱で働いて街に戻ってきたばかりの男はすぐに分かる。異常に目がギラギラしているのだ。街には金買います売りますの看板を掲げた店がいくつもある。街角では、男が金のネックレスを何本か腕に下げて売り歩いている。


 河に面したコンクリートの堤防にはずらりとハンモック(ヘージ)を吊ったたくさんの定期船が係留されている。ハンモックを吊る場所は早い者順なので、船が着いたらハンモックだけとりあえず吊ってから用事にでかけるのだ。特等席がどこかは個人の好みもあるだろうが、舳先は風がまともにあたるので避けたいところだ。一晩中夜風に吹かれたらアマゾンでも風邪を引く。また、休暇や祭りの前後は混むので二段三段にハンモックを吊ることになる。下だと上の人がおならでもしたら、まともに浴びることになるので、これも避けたいところだ。
 ハンモックは、そのまま寝ると尻が沈んで体がくの字になり寝にくいことこの上ないが、斜めに寝ると体がまっすぐになり、心地よく眠れる。慣れると本当に気持ちが良くて手放せなくなる。ヘージの主要な産地は、ブラジル北東部のフォルタレーザ辺りだと聞いた。幾何学模様や草花のプリントされたもの、無地だが縁に編み込んだ綺麗な飾りがたくさん付く物と様々だ。私も旅の友にひとつ買い込んだ。

 つんざくような獣の悲鳴が聞こえた。到着したばかりの船から美味しそうな黒い豚が運び出された。堤防の上は遊歩道になっていて、市民の散歩道になっている。大きなナマズの開きがたくさん干してあった。
 ウルブーという真っ黒なハゲタカがねらっているが、近づくと番をしている親父や子供に追い払われる。見かけの割におとなしい鳥だ。この鳥はアマゾンだけでなくサンパウロやリオにもいる。七面鳥のような大きな真っ黒い鳥が、ずらっと屋根に留まっていたり、道ばたでゴミをあさっていたりするとびっくりするが、すぐに慣れる。
 同じく堤防の上には、小さなビニールシートに品物を広げた世界一小さいだろうと思われるおもちゃ屋さんがあったりもした。
 堤防の内側には小さな屋台がずらりと並び、焼き肉や焼き魚、軽食などを売っていた。(これらの屋台は、市長が代わった折に不衛生だとしてすべて撤去されてしまった。どこでも役人の考えることは一緒だ)。屋台の写真を撮っていると、ある屋台の親爺が手招きをして食べてけと言う。ちょうど串刺しの肉が焼き上がったところだ。
 アマゾンの先住民が顔に塗る、ウルクンの粉を調味料に使っている串焼きの肉を食って、ビールで流し込む。スパーシーで美味い。焼き魚も食えという。美味い。食べていくらだと聞くと、
いらないと言う。いや払うよといくら言っても頑として受け取ろうとしない。ありがとう、じゃあまた来るからその時は払うからね、と言って好意をありがたく受け取る。

 一日中歩き回って、屋台や市場、街の人たちの写真を撮る。子供が気軽に声をかけてくる。「どこからきた?そのカメラいくらだ?」可愛いがうるさい。女子高生のグループが「オイ!」と声をかけてくる。車の女性が微笑みながら、私に手を振りながら通り過ぎていく。
 日系人のバールのカウンターでビールを飲んでいると、はす向かいでスナックを食べていた娘が熱いまなざしでこちらを見ている。女主人の日系人のおばさんが「セニョールにキスしたいんだろう?」と彼女をからかう。実にいいところだ。
 別の日に、河沿いのバーマスコッチでビールを飲んでいると靴磨きの少年がやってきた。なんと彼のシャツには日本語が書いてあった。「どうして私だけ特別なの?」「夫の親友との情事」とか書いてある。
 おそらく日本の女性誌の広告をスキャニングしてシャツにプリントしたものだ。なにも知らずに着ている彼には悪いが、腹を抱えて笑った。でも、日本の英語が書いてあるTシャツでも同じ事がありそうだ。

 夕日が水平線に近づくころ、歩き疲れて堤防の縁に座り、美しい夕焼けに見とれていた。すると7歳位の男の子が隣に座って話しかけてきた。「イングレース?フランセーズ?」「ノン ソウ ジャポネース(俺のどこがイギリス人やフランス人に見えるんだ!)」「どこに住んでるの?」「東京」「ふ〜ん、どこにあるの?」「ここ」と言って地面を指さす。「日本だよ。地球がサッカーボールみたいに丸いの知ってるかい?」「うん」「君はマナウスに行ったことはあるの?」と聞いてみた。「あるよ、ベレンもね。マナウスはこっち」と言って左を指さすと、その先で魚がはねた。「どんな魚がいるんだい?」「スルビン、トゥクナレ、それにピラーニャ。日本にも河はあるの?」「うん、でもずーっと小さい。君は泳げるの?」「うん、日本人も川で泳ぐの?」「東京ではむりだね、汚いんだ」「ふ〜ん」私のつたないポルトガル語には、彼はかっこうの話し相手だった。
 彼の母親は近くで屋台をやっていた。ゆっくりと夕日が水平線に落ちてゆくころ仕事帰りの彼の父親が来て彼を連れ帰った。きっと夕食の時に、風変わりな日本人のことが食卓の話題になるだろうと思いつつホテルに戻った。

 アマゾンのグルメといえばやはり大河で捕れる魚だろう。ある日、旅行中に知り合った日系人と、女の子二人をさそい、カンタガーロという郊外の小さなレストランに行った。開高健や向田邦子も絶賛したというトゥクナレのスープと、鱗のある世界最大の淡水魚、ピラルクーのフライを頼んだ。トゥクナレは、英名ピーコックバスといい、ブラックバスやスズキに似た魚だ。
 コリアンダーの葉が入ったスープは、香り豊かでふくよかな味だ。まさにアマゾン河の恵みというに相応しい美味さだった。また、イタリア風に細かいパン粉をまぶしつけて揚げたピラルクーのフライも、厚みのある味で、敢えてたとえれば濃厚な鯛と平目を合わせた味とでも言おうか。忘れられない逸品だった。

 町を出ると、周りは360度ジャングルになる。それを切り開いて広大な牧場が点在する。ある日系人の牧場に招かれたときのことだ。大歓迎をしてくれて牛を一頭つぶすことになった。ところが、牧場主は朝からピンガ(ラム酒)を飲んでいた。そのためライフルの手元が狂って、牛にとどめを刺すことができなかった。手負いの牛は暴れまくって、そこいらをめちゃくちゃにしたあげくジャングルに逃げ込んでしまった。
 全員で牛探しが始まった。私も後について広大な牧場の中を歩いていったが、途中でうんこがしたくなり、牧場の生け垣の陰で用を足すことにした。うんこをすると、アリやら小さなコガネ虫やら色々な虫があっというまにうんこに集まった。すると、どこからかものすごい地響きが聞こえた。しゃがんだまま生け垣の隙間から見ると、何十頭もの牛の群が、土煙を立て、ものすごいスピードでこちらに向かってくる。どうすることもできない。アマゾンの牛はこぶ牛で、大きいものになると、高さが2メートルを超える。

 こんな格好のままアマゾンで牛に轢かれて死ぬのは、いくら「牛に引かれて善光寺参り」の信州出身でもいやだ、と思ったかどうかは忘れたが、無様に尻を出したまま何もできずにいる私の上を、牛たちはつぎつぎと、それは見事なジャンプでヒョイヒョイと飛び越えていった。ズボンを上げながら、安堵と恐怖感の中で私は群を見送った。あたりには、また物音ひとつしない静けさが戻った。足下ではハキリアリが葉を掲げて編隊を作り、無音で行進していった。
 結局、手負いの牛は見つからず、もう一頭つぶすことになった。牧童たちは手に手に包丁を持ち、解体にとりかかる。殺した牛を頭を下にして高い柵につり下げ、四つ足の先から腹の中央めがけ、皮にX字型に切れ目を入れていく。背中に向かって表皮を剥ぎ、次に内蔵を覆う膜に刃を入れる。このとき内蔵、特に膀胱に刃をたてないように気をつけなければいけない。小便臭い肉なんか誰だって食べたくはない。手前に一輪車を置き、その中に内蔵をドサッと落とす。四肢に切れ目を入れ、斧で切り離すとほぼ解体は終わる。

 牧場主の小さな双子の娘がやってきては、まだかなと食べられるのを心待ちにしている。牛の解体も、彼女たちには見慣れた光景なのだ。食べ物の原点と食べるまでの過程がすべて見えているというのはいいことだと思った。
 焚き火に大きな肉の固まりをかざして焼き始める。水に岩塩を溶いたものを塗りながら気長に焼いていく。すでにつぶしてあった野生の鹿の肉を肴にピンガを飲む。堅いが、噛むほどに大自然の滋味がにじみ出てくる。
 いつしか周りは漆黒の闇に包まれている。たき火の明かりに寡黙な牧童たちのピンガで染まった顔がいっそう赤く浮かび上がる。静かな祝宴は夜遅くまで続いた。

 ここでもジャングルを切り開いた影響は出ている。牧場主が言っていた。雨雲がやってきても、切り開かれた牧場の上に来ると上昇気流に乗って雲が消えてしまうと。
 アマゾンの上を飛行機で飛ぶと、巨大なギリシャ神殿のエンタシスの柱のように雲が立ちのぼっているのが見える。一説には、アマゾンの雲の70パーセントが海から来たものではなく、ジャングルが放出した水分によってできたものといわれている。当然ジャングルを切れば雨は降らなくなる。牧場主たちもそのことはよく分かっている。
 アマゾンだけでなく熱帯雨林の消失は、すでに世界的な大問題となってから久しい。けれども、きわめて政治的、経済的な問題が深く絡んでいるために、根本的な解決には至っていない。毎年膨大な面積のジャングルが消滅している。ただ近年、熱帯雨林アマゾンは、最先端科学である遺伝子工学上の宝庫であり、不治の病を治すお宝が埋もれているかもしれず、世界中のバイオ企業垂涎の地となっている。そこではどんな昆虫、粘菌、植物といえども、莫大な利益を生む可能性を秘めている。

 ブラジル政府にとっては、木材とゴムぐらいしか生み出さない不毛の地と思われていたものが、実は巨大なダイヤモンド鉱山だったと判明したようなもので、現在、アマゾン一帯は、いっさい動植物の採集、持ち出しは禁止である。見つかると罰金ではなく即時逮捕の実刑になるので、観光客といえども注意が必要である。
 熱帯雨林の新たな価値が見いだされたことで、消失が止まればいいのだが、事はそう単純ではなく、安価な牛肉や大豆の供給地として相変わらずジャングルを焼いて牧場や畑にする愚行は依然として続いている。ハンバーガーの不買運動などは世界各地で起きていることだ。世界的な健康指向による豆腐ブームも、森林破壊の一翼を担っているのは皮肉なことだ。日本とて無関係の話ではない。たとえばあなたの愛犬や愛猫が食べているペットフードが、アマゾンの熱帯雨林破壊の原因の一翼を担っているのかもしれないのだ。
 無知の知というのもあるが、これだけ世界的に物が動く時代になると、知らないではすまされないことも有るだろうと思う。そう言う意味でも原産地の素性が分かる情報公開というのが大事になってくるのだろう。
 試しにネットでアマゾンとか熱帯雨林とか引いてみて欲しい。おそらく世界中の熱帯雨林が危機に瀕していることが、すぐに見て取れると思う。しかし、大切なのは熱帯雨林だけではない。自分たちの身近にある里山も、熱帯雨林と同じように大切なものなのだ。山は登るためにだけ有るわけではない。ただ通りすぎてしまえば、美しい景色ときれいな花ぐらいしか目に留まらないが、立ち止まってよく観察すれば、小さな実生や昆虫、粘菌や微生物などがいて、何千何万という生物の複合体が作る小宇宙だということが分かってくる。

 マナウスで私が居候していた女性のファミリーが、サンタレンに住んでいて訪ねたことがある。その家の主人は寡黙だが気の優しい男で、サンタレンの郊外で小さな食料品店を営む肝っ玉母さんと、7、8人の子供とで暮らしていた。彼が商売でこつこつと貯めた金でガリンペイロ(金堀人)を雇い金の採掘場へ向かったのも、そのあたりでは珍しいことではない。
 彼の妻は、ガリンポ(金採掘場)は無法地帯なので心配だとは言っていたが、いつまでもその仕事をさせる気はないとも言っていた。お金が貯まったらそれを元手に、ここに小さなスーペルメルカード(スーパーマーケット)を作るのだと言った。それが夫婦の夢だった。
 実際、サンタレンにはきれいなタクシーが多く見えたが、それはみなガリンポでかせいだ金で買ったものだそうだ。私が行く数年前までは、まだ街に拳銃をホルスターに入れて歩くガリンペイロがいたと日系の友人が言っていた。まるで西部劇の世界だ。

 アマゾンの金の精製には水銀を使う。その水銀2000トンともいわれる量がサンタレンのタパジョス河に流れ出し、水俣病と同じ症状を引き起こしている。金の採掘場には、町ができ、一攫千金を夢見る流れ者が、ブラジル中から集まる。商人や娼婦も集まる。治安は悪い。
 マナウスで私が居候していた女性がノルウェーに渡った。数年後彼女を訪ねて聞かされたのは、あの父親がガリンペイロとのトラブルに巻き込まれて銃で撃ち殺されたというものだった。夫婦の夢はかなうことなく消えた。


看板娘。

赤毛のアンじゃないんだよ。アマゾネス予備軍さ。

君のお母さんの焼き肉は最高に旨いね。


飲んできな!魚のスープは、一番元気になるんだぜ。

今日は売れないなあ。

サヨナラって変な名前の店。ブラジル人にはとても美しい発音に聞こえるらしい。ホテルサヨナラとかレストランサヨナラとか見かける。

鼻が曲がってるって?大きなお世話だ。働き者なんだよ。

 町から一時間ほど車で行くと、アルテル・ド・ションという白砂の風光明媚な小さな村に着く。サンタレンの人たちは週末になると、車に牛肉やトゥクナレ、タンバキなどの魚を積んでやってくる。車のない人は定期船に乗ってやってくる。そしてバーベキューをし、ピンガやビールを飲み、舟遊びや河水浴をしながら一日を過ごす。
 元妻とブラジルへ行ったとき、サンタレンからタクシーをチャーターして、日帰りでアルテル・ド・ションへ出かけた。
 地元の少年たちが漕ぐ小舟に乗って白砂の中州に渡った。彼らと遊んだ。「空手できる?」またこの質問だ。「いやできない」と応えると残念そうな表情をして、「そうだよね。ブラジル人だってみんながランバーダ踊れるわけじゃないもんね」と自分を納得させていた。
 一緒に泳ぐとこちらの方がずっと速いのに彼らは驚く。そりゃそうだ。こちらは一応クロールの泳ぎ方を習っている。一方彼らは無手勝流。フォームがバラバラだ。かなうわけがない。子供相手に大人気なくちょっといい気分になった。

 彼らはピラパターカという、死んだ振りをする小魚をつかまえて見せてくれた。手のひらに乗せると、ぴくりとも動かなくなる。水に放しても、しばらくは横になって死んだ振りをしている。そのままにしていると、やがてよろよろと泳ぎだす。子供たちのいいオモチャになっているようだ。けれども、しばらくすると、もう逃がしてやろうという、本当に死んじゃうから、と言った。心優しい少年たちだった。
 木陰で元妻が水彩画を描きだした。少年たちが周りに集まって飽きずにいつまでも見ていた。サンタレンから遊びにきた家族も寄ってきた。ビールをごちそうしてくれた。いい気分のお父さんが歌を歌ってくれた。気のいい人たちだった。
 この天国のような風景が水銀によって汚染されているとは、信じられないことだった。



こちらも甘い香りの熱帯果実。


ボリュームたっぷりの串焼き肉。美味い。

熱帯果実のねっとりとした甘い匂いの生ゴミ。

メルカード(市場)は、いつ行ってもワクワクする。

おしゃれな襟巻き。

ジャングルに続く道。イグアナ、鹿、豚などいろいろ出てくる。


逞しい牧童。

ジャングルの夕日の美しさに、しばし言葉を無くしてたたずむ。

鏡面のように輝くタパジョス河。

牧童の家族。どこの家でも子供は6、7人はいる。

船が着く。幅50センチ足らずの板を渡って人が来て去ってゆく。
見送る人の想いはどこの国でも一緒だ。


14、5でこのセクシーさだもの…。

斧で牛をたたっ切る。汗と肉片が飛び散る。岩塩を塗って焼く。美味い。

出航する舟の屋根からダイブ。遠くに中州が見える。

アマゾンキッズ。なかなかいい面構えじゃないか。
アマゾンの未来は君たちの双肩にかかっている。

タパジョス河の黄昏。

日が沈む。明日はどこへ旅立とう。


●アマゾニアをイメージしたフラッシュムービーです。一番左のタイトルをクリックしてください。(音が出ます)

●CONTENTS
はじめに、そして最後に 息子達へ、ブラジルの友へ
サンパウロからレシーフェ
ブラジル・レシーフェ
オリンダ
レシーフェからベレンへ
アマゾン・ベレン
アマゾン・マナウス
アマゾン・サンタレン
ブラジル・リオデジャネイロ
ブラジル・サルバドール
ボリビア
ノルウェー

 
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文・写真:HAYASHI Moriyuki


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