熱狂のカルナヴァルはサルバドールで <Salvador>
 ブラジルはカーニバルも終わると、メランコリーな3月を迎える。アントニオ・カルロス・ジョビンの曲に「3月の雨」という名曲があるが、これは秋のもの哀しさを歌ったもの。地球の反対側のブラジルは3月が秋。カーニバルの興奮があまりにも強いためか、秋のもの哀しさも手伝ってか、リオの3月は陽気なカリオカも少しはおとなしくなる。けれども、それもつかの間、来年のカーニバルに向かってすでに充電は始まっている。
 カーニバルはポルトガル語の発音では、カルナヴァウという。リオのカーニバルが有名だが、実は北東部バイーアの州都サルバドールのカーニバルも負けず劣らずエキサイティングで有名だ。
         
 サルバドールはブラジル最初の首都。砂糖産業のためにたくさんの黒人奴隷がアフリカから連れてこられた街。別名「黒人のローマ」と呼ばれ、独特のアフロ・ブラジリアン文化を形作っている。 黒人奴隷たちが舞踏に似せて密かに完成させた格闘技カポエイラも、主人の食べない豚の耳や足、脂身のブロックを豆と一緒に煮込んだ名物料理、フェイジョアーダもここで生まれた。
 サンパウロやリオでは、普通水曜日と土曜日にしかフェイジョアーダは食べられないが、ここは本場、毎日食べられる。リオあたりの上品なものは、牛肉、ベーコン、生ソーセージだったりするが、やはり豚の耳や脚や内臓が入っていないと本場の味にはならないらしい。しかも、頼むと7センチ角はある皮付きの豚の脂身が皿の中央にでんっと座っている。いくらなんでもこれは食べないだろうと隣のおじさんを見ると、しっかり食べている。地元の人が通うその店は何の飾りもなく、ガイドブックにも載っていないが、その味は本格的だ。何日か間があくと無性に食べたくなって、何度もその店に通ったものだ。そのフェイジョアーダ屋には、巨漢のお姉さんがいて、なぜか気に入られた私は、危うく食べられそうになった。
 他にもバイーアには、ブラジルの他の地方にはないアフリカ色の強い郷土料理がたくさんある。ヴァタパ、モケカ、アカサ、カルルにエビのボボ料理なんてのもある。デンデ椰子の油や、干しエビ、ココナッツミルク、ナッツ類を使うのが特長だ。
 また屋台で売られているアカラジェーは、忘れられないバイーアの味だ。すり潰した豆とみじん切りの玉ネギを塩で味付けした団子をデンデ油で揚げ、干しエビと玉ネギをデンデ油で炒めたソースをかけて食べる。サルバドールの街を歩くと、このデンデ油の癖のある濃厚な香りに包まれる。ビールやピンガによく合う後引きの美味さだ。

 カルナヴァルは、観光化され過ぎたリオではなく、サルバドールでと考えていた私は、旅の途中で知り合った早稲田の学生S君と二人で、アパートを借りた。
 ブラジル人の全てが、カルナヴァルが大好きなわけではない。カルナヴァルの喧騒が嫌で、期間中は田舎に行ってしまう人も少なくない。そんな人が部屋を貸してくれるのだ。観光センターに行って手続きをすると借りられる。
 最初に借りたアパートは、教会の広場に面した小さな部屋だったが、持ち主の太った共産主義者のおばさんとトラブルが続いて、すぐに引き払うことにした。
 次に私たちが借りたアパートの大家は、品のいいお婆さんだった。「ガラスのテーブルに熱いお鍋を直接乗せないでね。それと観葉植物には2日に1回お水をやってちょうだい。後はご自由にどうぞ。困ったことがあったら、上に姉が住んでいるから相談してね」と言ってお金を受け取ると旅に出ていった。
 クイーンサイズのベッドがある寝室に、観葉植物にテレビとステレオの置かれたリビング、それにバスルームとキッチン。眼下にはトードス・オス・サントス湾が広がり、彼方にはイタパリカ島が見える。街からは、祭りを待ちきれない人たちのパーカッションを打ち鳴らす音が絶え間なく響いている。ラジオをつけると、FMイタプアから陽気な音楽が流れてくる。カルナヴァルを過ごすには最高のロケーションだった。
 アパートの前には、名前もないが、いいレストランがあった。名物料理は、「モケカ・デ・カマロン」。海老とジャガイモ、タマネギをデンデ油で炒めて、ココナツミルクとトマトソースで煮込んだものだ。一口食べると、体からヘナヘナと力が抜けていくような美味さだ。私たちはえらく気に入って、毎日のようにそれを食べに行った。
 レストランの上はコールガールの住むアパートで、隣は彼女たちが行く美容院。後に私たちは、そこで女たちにからかわれながら電熱地獄パーマをかけることとなった。

 サルバドールのカルナヴァルは、始まる前から始まっていて、終わってもやっている。街のメインストリートすべてが会場となる。大型トラックに巨大なスピーカーを満載し、その上にステージがしつらえてあり、トリオ・エレトリコと呼ばれるバンドと踊る女性たちが乗っている。それが何十台もあって、大音量で演奏しながら、チームを引き連れて街を練り歩く。広場で演奏が始まると、何万人という人々が一斉に踊り出す。カルナヴァルの間中、街中が巨大なディスコと化す。24時間音楽が絶えることはない。熱く、情熱的で、官能的で、暴力的だ。
 街の各スポーツクラブやナイトクラブでもそれぞれ華やかなパーティーが開かれる。家族連れも入れるようなものから、ほとんど全裸の男女が踊り乱れるようなものまであり、カルナヴァルの間中、街は熱病にかかったようにヒートアップする。
 広場の屋台では、サトウキビから作られた蒸留酒「ピンガ」をマラクジャ(パッションフルーツ)やタマリンド、カジュー(カシューナッツの果実)などのジュースで割った、バチーダというカクテルが売られている。口当たりがいいのでぐびぐび飲んでしまうが、これはきく。街は、酒とねっとりとした熱帯果実の濃密な匂いでむせ返るほどになる。
 私たちは、昼近くにゆらゆらと起きあがり、交代で朝食を作った。たとえば、パンとカシューナッツがとれるカジューという赤ピーマンのような実のジュースにハムエッグというメニューだ。
 熟れきった南国のフルーツは、官能的なほど甘く濃厚でねっとりとしている。サルバドールの女性もそうだ。その土地の女性は、その土地でとれるフルーツに似ていると思うのは私だけだろうか。

 街に出る。大通りに出ると、あっという間にカルナヴァルの熱気と喧騒に包まれる。通り沿いのビルは、すべてベニヤ板で入れないようにガードされている。その縁には、日に日にビールの空き缶がたまっていく。仮設のトイレは溢れかえり、通りは日に日に小便の匂いがきつくなる。裏通 りでは、若者が固まってコカインを吸っている。
 ひときわ大きな叫び声が聞こえ、大通りを男たちの集団が駈けてくる。踊りが始まる。喧嘩が始まる。男がナイフを抜く。椅子で応戦する。緊張が走る。女たちの叫声。 誰かがあわてて止めに入る。それでも踊りは続く。
 1万人、いや2万人はいるだろうか、とある広場の高台にある仮設の、そうまるで学園祭の屋台のようなバーで、地元の女の子とたわいもない話しをしながらセルベージャ(ビール)を飲んでいると、バンドを乗せた大型トラックが、ざわめく群衆をかき分けながら広場に入ってきた。一瞬、それまでざわめいていた広場に奇妙な沈黙が走る。次の瞬間、すさまじい大音響と共に、演奏が始まる。悲鳴とも歓声ともつかぬ大声と共に、広場にいた大群衆がいっせいに踊り出す。いままで愛想良くおしゃべりしていた女の子たちも、絶叫をあげて踊り出す。その光景に思わず鳥肌が立つ。

 大通りの人混みで誰かに尻を蹴り上げられた。振り返ると、麻薬で目のいった若者がよだれを垂らして立っていた。触らぬ神にたたりなし。猛スピードで人混みを抜け、腰に銃を下げた巨大な黒人のガードマンがいるボアッチに逃げ込む。
 大音量でカルナバルの音楽が流れる店内はさらなる喧騒と狂乱の中にあった。いく人もの女たちがいきなり抱きついてくる。体中をねっとりと触りまくられキスをされる。台の上では、ほぼ全裸の女たちが激しく踊っている。一緒にアパートを借りている彼が、なぜかその店にいて、女に追いかけられて店内中を逃げ回っている。
 隣りに座った女が怯えている。 友達が喉をかっきられて海に沈められた。その犯人が店内にいるという。同居人の彼と示し合わせて店を抜け出す。雑踏を抜ける途中、彼女は何人もマフィオーゾ(マフィア)だという男を小声で指し示す。マフィアや娼婦の溜まるバーで彼女の知り合いに会い、彼女は友達を殺したあの男が戻ってきたことを話す。みんなで近くの彼女の友達のアパートに行く。下町の古い石造りのアパート。窓から隣のアパートの部屋の中が見える。
 半裸の若い男女がベッドやソファーの上で絡み合っている。カルナバルの狂乱を流すテレビニュースの音や音楽がアパート中に響く。ここなら安心と、明け方までビールを飲みながら話し込む。マフィアの話、港に上陸する日本や外国の船員の話、身の上話に家族の話、ちょっとエッチな話などなど…。
 夜明け、うつろな目でタクシーを拾い、アパートに帰る。途中、車にオレンジやマラクジャなどを投げつけられる。運転手は、それを避けようと、アクセルを踏み込み、蛇行しタイヤをきしませる。
 毎日がこんな感じで過ぎていった。もちろん観葉植物への2日に1回の水やりも忘れなかった。
 カルナヴァルの狂乱があまりにもすごいので、終わった後の虚脱感は、これも並はずれたものではなかった。私は、先に同居人が去った後、アパートの白い壁に映る椰子の影が揺れるのをボーっと見ながら何日かを過ごした。私が街を去る日も、カルナバルの狂乱と喧騒が嘘のように、サントス湾の海は静かに輝いていた。


バンドを乗せたカミヨンが来るのを待つ間おしゃべりに興じる。
 
コメントは差し控えたいが、ゲイのパレードもある。

普段はバラバラのブラジル人だが、パーカッションになると見事にひとつになる。サッカーもそうだ。
 
パレードが来た。大音量の演奏と踊る人達の熱気。踊らにゃソンだ。

危険なことも多いカルナヴァルだが、こんな可愛いパレードもある。
 
昼間は飲んでおしゃべりの時間。踊るのは夜。

カミヨン(トラック)には、巨大なスピーカーが積まれ、その上にバンドが乗る。街中ディスコになる。
 
三つ子の魂百まで。

踊りながら生まれてきたんだって。
 
子供たちは、安全な昼間に踊る。夜は雰囲気が一変する。24時間音楽が絶えることはない

迫力があるんだ。とにかく。
 
一日中、食べて飲んで、踊って。

 カーニバルが始まる前に、私たちはサルバドールの湾に浮かぶイタパリカ島へ遊びに行った。フェリーの中はカーニバルの音楽で溢れていたが、白い砂浜に出るとそこは全くの別世界だった。
 遠くにカーニバルの狂乱を待つサルバドールの白い街並みが浮かんでいた。私たちは、小さな一枚帆のディンギーを借りてトードス・オス・サントス湾に乗り出した。沖に出ると思いの外風が強く、小舟は波頭を切って疾走した。帰りにキールが、渋くて上がらずに手間取った。舵を上げるのが遅れて折れてしまった。管理している兄ちゃんと、浜辺でちょっと面倒な交渉をすることになったが、適当なところで折り合いをつけた。
 夜、再びサルバドールの街へ戻るフェリーは、昼にも増して大音量の音楽と踊る人々で溢れていた。

 また、別の日には、やはりS君とバスで郊外のビーチまででかけた。ほとんど人のいない長い砂浜を見つけ降りていくと、15歳ぐらいの少年がいた。彼は、浜辺で十字を切ると3メートルはある大西洋の荒波にむかって飛び込んでいった。そして、うち寄せる高波に身を任せると、波の斜面を斜めに滑り落ちてきた。ボディーサーフィンだ。面白そうだね、とS君が言う。
 少年のやり方、波への入り方、乗り方を注意深くみて頭にたたき込んだ。入り方は、高波がブレイクする前に、高波の壁に自分からつっこんで裏側に抜ける。波に乗るタイミングは、自分の体をサーフィンボードにしなければならないのだから結構タイミングが難しそうだ。少年も度々乗り遅れたりしていた。
 やってみることにする。押し寄せる波の壁に飛び込み少し沖に泳ぎ、波を待つ。大きなうねりが来たら、岸に向かって一気に泳ぎ出す。なかなか上手く乗れない。何度もトライしてやっと波に乗る。波のピークから、生身で一気に滑るというより落ちていく感覚は恐怖心もあるが、何とも言えない快感だ。そしてそのままだと波のブレイクにのまれてものすごい海水の渦にまきこまれてしまう。それを回避するには、落ちながら手のひらを波の裏側に出るように傾けるのだ。
 コツをつかむと面白い。しかし、ものすごく疲れる。ヘトヘトになって浜辺にやっとの思いであがろうとすると真後でブレイクした高波にのまれる。高速回転の洗濯機の中に入った気分だ。浜で見ていた少年とS君が大爆笑で迎えてくれる。彼らも代わる代わる同じ目にあった。
 サーフィンボードを買えない彼らは工夫して遊んでいる。サッカーもそうだ。手縫いの布のボールを大事に蹴っている。そういう中から、ロナウドやリバウドが生まれた。ブラジルの子供たちもまた遊びの天才だった。



裏町をおんぼろのビートルが行く。子供たちが無表情で見送る。カルナヴァルの喧騒も一歩裏通りにはいると、こんな光景も目にする。
 
借りたアパートの前には、看板もない小さなレストランがあった。ここのモケカ・デ・カマロンは、中毒になるほど美味かった。

最初のアパートの横には教会があり、夕方6時になると鐘が鳴り、アヴェマリアの曲が流れた。窓からは、イタパリカ島の向こうに沈む夕日が、毎日信じられないほど美しい落日のショーを見せてくれた。
 
最初の大家はとんでもない女性だったが、その子供たちは親に似ず、本当に可愛らしかった。

借りていたアパートの窓からは、いつも光る海が見えた。

S君と、電熱地獄パーマでソフトカーリーにした私。
 
イタパリカ島の子供。この中から未来のリバウドが生まれるかな。
どこだってピッチになる。なんだってゴールになる。

イタパリカ島から見るサルバドールの街。カルナヴァルの喧騒もここまでは届かない。蜃気楼のようだ。
 
メルカードには、なにかしら宝が埋まっているような気がする。

カルナヴァルの大狂乱も、連綿と続く日常も全て青と白の中。
 
カルナヴァルの後の脱力感をかかえてタクシーに乗る。


●CONTENTS
はじめに、そして最後に 息子達へ、ブラジルの友へ
サンパウロからレシーフェ
ブラジル・レシーフェ
オリンダ
レシーフェからベレンへ
アマゾン・ベレン
アマゾン・マナウス
アマゾン・サンタレン
ブラジル・リオデジャネイロ
ブラジル・サルバドール
ボリビア
ノルウェー

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文・写真:HAYASHI Moriyuki


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