ノルウェーの森・センチメンタルジャーニー
 ノルウェーには、アマゾンで世話になった親子が移住して住んでいる。オスロから3時間ほど車で行ったその小さな町は、森と湖の中にあった。8月上旬、白夜なので朝は午前2時には明るくなり始め、夜は10時にならないと暗くならなかった。夜の9時を過ぎても子供たちが外で遊んでいる。朝7時に起きると、外はもう真昼の明るさで、一瞬時間の感覚が無くなる。
 昼間気温が25度を超えると、空一面に綿毛が舞った。森に木イチゴを摘みに行った。木イチゴは私が子供の頃信州の山で摘んだものと同じ味がした。車道とは別 に、森の中に歩道があって小学校やスーパーへと続いている。ノルウェーの夏は花の季節で、デイジーや野バラ、パンジーなどが咲き乱れている。それはもうなんかメルヘンというか、そこら中全部がこぎれいで、これを見ると東京もアジアだなあと思わせられるというか、猥雑な空間というのがぜんぜんなくて、もう全部が美しいのだ。

 ただそれは、真夏の明るい森を見ているからで、ノルウェーのおとぎ話「トロル」を読むと、この国を覆い尽くす圧倒的な森林に対する人々の恐怖や畏敬の念を感じることができる。ある日、白夜が暮れようとする時間に森の中を歩いてみた。そこには、イングマル・ベルイマンの映画に描かれたような、神秘的で、恐怖の想像をかき立てる、暗くて陰鬱な森が横たわっていた。
 僕たちがよく知る、明るい北欧のデザインは、第二次世界大戦で迫害されたバウハウスの人たちが北欧に移り、新しいデザイン運動を起こしたたまものだ。それ以前の北欧のデザインは、色彩もずっと地味なものだった。
 友人の娘が通う小学校の庭には芝が植えられていて、敷地の周りには塀も柵も無い。誰でもいつでも自由に通り抜けができる。森には所々大きく切り取られた帯状の原っぱがあり、街灯が連なっている。聞くと、冬にクロスカントリーをする所だという。冬期は夏とは逆に朝10時に夜が明けたと思ったら午後2時には日が暮れてしまう。学校や仕事から帰ると、森に入ってクロスカントリーのナイトスキーを楽しみ、クアハウスで汗を流して帰るのだそうだ。

 お風呂といえばトイレ。アングロサクソンは背が高い。便器に座ると、足が床に着かない。空港などの男子の小用トイレは、日本のように一人ずつに分かれていない。L字型のステンレスの受け皿が、横に長く続いている。そこにチンコがやっと届く有様で、足がつりそうになる。巨人の国に来たようだ。
 街には大きな音が無い。がなり立てる親父や、わめく子供がいない。鎮静剤を打たれたように街は静かだ。けれども元気がないというのではない。みんな大人なんだ。バスに乗れば、年寄りばかりだけれど、みんなニコニコと微笑みかけてくれる。ショッピングモールに行くと高校生くらいの男の子がオープンカフェにかたまってたむろしている。退屈そうだ。ヨーロッパ中を震え上がらせたヴァイキングの末裔たちとはとても思えない。

 朝はライ麦パンと色々なソーセージのスライス。中でも私のお気に入りは豚の血の入ったやつ。そしてカフェオーレ。鰯のマリネ。鰯を食べた後の汁の中に、私はタマネギのスライスを漬け込んだ。この家にはマデラ酒で有名なポルトガル領の、マデラ島出身の兄ちゃんが居候していた。名前をカルロスという。彼に大好評だった。そして、トナカイのステーキ。これがうまい。
  ノルウェーは、ノルウェーサーモンで知られるように、漁業の盛んな国なのにスーパーには鮮魚がほとんど置いてない。薫製や缶詰、瓶詰め、フリーズドライの食品が多い。新鮮な野菜や果物の種類も本当に少ない。チューブ入りのパンに塗るチーズは、ベーコン入り、海老入りなど種類が多い。アングロサクソンやゲルマン民族は、食についてはつつましい。

 ある夜、みんなでディスコに行こうということになった。女性たちはミニスカートに、メイクを決めて、張り切っている。小さな町の中心街にあるその店は、日本の温泉街にある場末のディスコのようだった。違っているのは、若い女の子の客が170センチぐらいある金髪の娘ばかりだということだ。カルロスが言う。ノルウェーの娘は、簡単にセックスできるけど、なかなか愛し合えないんだよと。そう言いつつ彼はせっせとガールハントに精を出していた。
 彼はベネズエラに移住するのだと言っていた。どこにも僕の居場所が無いと思うか、どこにでも僕のためのベッドはあるさと思うかで世界は変わって見えるよね、と言った。どこにでも君のための女の子はいるってことだね、と僕が付け加えた。

 この町には二人の日本人女性が住んでいるという、少しばかり日本語のできる彼女は、二人とも知っているという。その内の一人の女性とは電話で話をする。60歳の彼女は、こちらに来て25年になるという。14年前にカラチで身内に会ったきり日本にも帰っていないという。もう一人こちらに来て14年になるという女性の家を訪ねる。日本語に飢えていた彼女はいろいろ聞きたがる。一生懸命話す僕に、ブラジル人の友人はあなたそんなおしゃべりだったのとびっくりしている。
 日本を離れ、異国の地で暮らす女性に、色々なところで出会った。その度に、そのたくましさとしなやかさに驚かされたものだ。


ノルウェーの夏は、はかなく、あまりにも短い。

 ある日居候している家の7歳になる娘のバースデイパーティーが開かれることになった。森の向こうのスーパーにあるケーキ屋に注文しておいたケーキを取りに行ってくれと言われ、カルロスと取りに行った。直径50センチはあるピンクのケーキを受け取るときに、名前のスペルが間違っていることに気がついた。これはまずい。しかし、直してもらっていたら間に合わない。カルロスとどうしようかと相談した。結局持って帰って僕がどうにか直すことにした。
 店を出るとカルロスがげらげら笑う。どうしたんだと聞くと、さっき俺たちが相談していたら、店員たちがこの人たち何語で話してるのって言ってたんだ。ほら、おれはポルトガル人だけど、イタリア人にもアラブ人にもトルコ人にも見える。君は中国人にも日本人にも見える、その二人が訳の分からない言葉で話しているから不思議がったのさ。その時僕たちはポルトガル語で話しをしていた。

 パーティーには、ブラジル、チリ、ポルトガル、デンマーク、そしてノルウェー。色々な国の人が集まった。ポルトガル語、英語、ノルウェー語、色々な国の言葉が飛び交った。私は少ない脳味噌をフル回転して、ポルトガル語、英語をしゃべった。
 この小さな町に30人のブラジル人がいるという。そのほかの南米出身の人を入れたらもっとだ。中にはチリのアジェンデ政権の迫害にあって政治亡命してきた人もいた。ベトナム難民の家族にも会った。アジア人がなつかしいのか、街で会うととびきりの笑顔をくれた。そういえば北欧から日本に移住してきたベトナム難民が、北欧で私たちはエイリアンだったというのを聞いたことがある。教育水準が高いし、温厚な人たちなので、人種差別がひどいということはないかもしれないが、文化のギャップは大きかったのではないかと思う。

 僕の友人も言っていた。色のちょっと黒い子はやっぱりいじめられるのよと。カソリックとプロテスタントのギャップも僕たちが想像するより大きなものらしい。個人主義の国は、個の確立していない人間には、きつい国かもしれない。小さい子供をねらった犯罪が最近多いのだと彼女は言った。街に出かけようとすると、雨が落ちてきた。どうして?と彼女が僕に言う。私が傘を持って出ると雨は降らない。持たないと降ってくるのよ、どうして?
 エッサ・エ・ア・ヴィーダ.(それが人生さ)と僕が言う、彼女は口の中でその言葉を2度繰り返した。ノルウェーの夏は短い。冬の支度は夏から始めなければいけない。アマゾンの貧困とは別の厳しさがここにはあると思った。

      
●CONTENTS
サンパウロからレシーフェ
ブラジル・レシーフェ
オリンダ
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ブラジル・サルバドール
ボリビア
ノルウェー 

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文・写真:HAYASHI Moriyuki

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