はじめに、そして最後に
 2010年現在、ブラジルは世界不況の中でも好調な成長を続けている。私が渡伯した時は、ブラジルは世界最大の債務国であったが、現在は先進国の中では日本が最大で、その立場はこの27年で逆転した。経済政策の成功失敗はあるにせよ、これは全く別の面から予想されたことでもある。
 それは、人口比の問題である。私が渡伯した1980年代初頭、ブラジルの人口構成比は、25歳以下が70%とという若い国であった。その後に訪れた北欧とは対照的で、どこにいっても子供や若者で溢れていた。その彼らが現在膨大な労働力となっている。そして、老人の比率が低いために、年金にまわす分を若い世代の家族手当にまわすことができる。結果中産階級が増えて教育水準も上がる。
 これは、団塊の世代が労働力となり、高度成長を支えた日本と重なる。現在の日本の抱える問題は、その団塊の世代がリタイヤし人口構成比が逆ピラミッド状になっていることにある。そして、それを支える若者が増え続け、経済が右肩上がりに成長すると試算した年金制度の完全なる失敗が日本の苦境を招いた。そして既得権益の死守。つまりは老害である。
 世界大戦や世界恐慌などのアクシデントがないかぎり、ブラジルの成長は数十年は続くだろう。そして、中産階級が増えると少子化が始まり、数十年後には現在の日本と同じ問題を抱えることになるだろう。貧乏人の子沢山というが、人は豊になり教育水準が上がると少子化になる。問題は、それに備えて今から対策を構えておくことだ。日本はそれに失敗した。数十年先を見る政治家や官僚が皆無だった。

 この先、日本は緩やかな衰退を続け、世界十位以内にいることも難しくなるかもしれない。大量に移民を受け入れるということも不可能だろう。多大なインフラストラクチャーの維持にも窮する時がくるだろう。しかし、賢明であれば北欧型の国に変換できるかもしれない。失敗すれば、資源のない日本は世界の極貧国の仲間入りをするかもしれない。「勤勉で器用で、職人技に誇りをもつ日本人」で、20世紀はしのげた。しかし、それだけではアジアやブリックスに追いつかれ、やがて抜き去られてしまうだろう。グローバルな世界で生き抜くためには、否応なく高付加価値が求められると多くの経済学者はいう。
 ブラジルは、14年にW杯、16年に五輪を迎える。経済も絶頂期に入るだろう。ちょうど日本が東京オリンピック、万博を迎えて高度成長を突っ走ったころと重なる。その後にオイルショックがあり、バブルを引き起こしたために経済改革が10〜20年遅れ、バブル崩壊とともに日本経済は失速した。
 戦後の貧しい時期から、ひたすら働き続けて物質的な豊かさを追い求めてきた日本だが、日本人は心の豊かさをどこかに置いてきてしまった。物質的な豊かさだけでは人は幸福にはなれないと、半世紀以上かかって気が付いたのである。家族のためといい、家族を振り返ることなく働き続けた働き蜂の父親達と、ひたすら高学歴をと子供を勉強漬けにした教育ママ。その核家族は、内部から崩壊していった。機能不全家族が大量生産されていった。現在おこる様々な猟奇的事件の根元は、そうして引き起こされた家庭内トラウマにその根元的原因があるといってもいいだろう。
 ブラジルを放浪して一番感じたのは、ファミリア(家族+一族)の絆の強さだ。敗戦国の日本は、アメリカの属国の道を選び、アメリカに倣って表面的な個人主義を取り入れ、核家族化したのが最大の失敗だったかもしれない。ラテンアメリカに比べ、幼少期のスキンシップも少いように思う。これは情緒の不安定さを招くという。機能不全家族というのは、なにもよく言われるようにアル中患者の家だけで起る問題ではない。一見、幸せな家庭の見本のような高学歴の中産階級以上の家庭にも普通に存在する問題だ。家族がそれぞれいい家族の役割を演じている。一見穏やかで温厚そうに見えるが、そこには本当の家族の絆はない。そういう家族で育ったアダルトチルドレンが増えている。
 日本の家は、単なる食べて寝るためのホテルになった。都市住民が増え、日々本当の自然に接することがなくなり、金と人の力で全てが可能だと日常的には思うようになった。時折起こる大災害も、自分が遭わなければ運が悪い他人事で済ませられる。ねつ造された地球温暖化(クライメート・ゲート事件)や資源の枯渇、リサイクルや環境問題も、いつか経済的側面でのみ語られる問題にすり替わりつつある。それは、世界的傾向でもあって、なにが本当に真実で問題なのかすら分からなくなってきている。

 人間も大いなる自然の一構成員にすぎないということを、単なるお飾りの概念ではなく、根本的に理解し政治や経済活動のベースとして活かしていかなければ、人類はやがて滅亡の一途を辿ることになるだろう。そういう中で、多民族国家であるブラジルが、今後世界のリーダー的な模範国家として成長していくことを願って止まない。
 さて、日本はどうだろう…。子や孫の分まで食い尽くして昭和の繁栄を謳歌した日本。子供達に未来はあるのだろうか。世界には、高い文明を持ちながら消えていった民族や国家が無数にある。その多くの原因は、実は最も繁栄した時期にこそあるという。腐敗した官僚が国を滅ぼした例は無数に有る。
 東京、太平洋沿岸は、いつかプレートが動く大地震に見舞われる宿命にある。それが、リスボンを襲った大地震により大海洋帝国葡萄牙の衰退に直結したように、日本の世界の晴れ舞台からの撤退に繋がるのか。或いは、中国の覇権主義や分裂の騒ぎに巻き込まれて大混乱になるのか。21世紀は、試される日本になるだろう。
 〈この一族の最初の者は樹につながれ、最後の者は蟻のむさぼるところとなる〉メルキアデス 『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス

 このエッセイを、私の旅を支えてくれたブラジルの全ての友人達に捧げる。

 上記の文章を書いたのが、2010年のことである。最後に私は、「東京、太平洋沿岸は、いつかプレートが動く大地震に見舞われる宿命にある。」と書いた。実際は東北沖で起きたが、まさかこれほど近い日に未曾有の大災害が来るとは思わなかった。しかも人類史上最悪の事故が伴うとは。米の属国(世界が認める経済学者・宇沢弘文氏)となり高度経済成長で浮かれていた日本の基盤はあまりに脆弱で腐敗しきっていた。海外のマスコミは、「日本の近代史は終わった」と書いた。これから間違い無く日本は衰退していくだろう。少子化は、生物学的にみると、民族の緩慢なる自殺であるという。放射能汚染により、少子化にはさらに拍車がかかるだろう。そして、貞観地震のように巨大地震や噴火が連動するかもしれない。地球は間違いなく活動期に入ったという。その上での人災である。
 アマゾンのある先住民は、「ジャングルは子孫からの預かりもの」といって大事にしたそうだ。我々は、子孫の末代にまで処理ができないような核廃棄物を出し続けて繁栄を謳歌してきた。我々に彼等を未開民族という資格はない。
  Evolutionを進化と訳したのは、Democracyを民主主義と訳したくらいの誤訳である(正しくは民主政治、手法でありイズム、つまり主義ではない)。生物の形質が世代を経る中で変化していく現象のことであるが、そこには目的や進歩という意味は全くない。進化したが故に絶滅することもあるのである。人類も不完全なものである。人間が作るものに絶対に安全も、絶対に大丈夫もない。あえて言えば信じることを止めることだ。信じれば思考が止まる。思考を止めないこと。
                        

 私は学生時代、作家の村上春樹さんが開店した国分寺のジャズ喫茶「ピーター・キャット」でアルバイトをしていた。その彼がカタルーニャ賞受賞スピーチで、私たち日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。と述べた。確かに「反核」は国民の総意として浸透していったかもしれないが、右も左も「核の平和利用」という甘言に乗り原発は推進されてしまった。「核の平和利用」へのイデオロギーを問わぬ熱狂的な様は、かのCIAでさえ狂信的であるとレポートを送っていたほどだ。それは、日本人全員が(特に都市部のエリート層)抱えた広島、長崎の原爆投下のトラウマによるものかもしれない。社会党や共産党でさえ「核の平和利用」には賛成していたのだから。しかし、それは取り返しの付かない大きな過ちだった。
 彼はこう続ける。----日本で、このカタルーニャで、私たちが等しく「非現実的な夢想家」となることができたら、そしてこの世界に共通した新しい価値観を打ち立てていくことができたら、どんなにすばらしいだろうと思います。それこそが近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、ヒューマニティの再生への出発点になるのではないかと僕は考えます。----
  彼は、アルバイトしていた学生の5歳ぐらい年上の兄貴分という感じで、よく相談にものってもらった。彼の人となりを少しでも知っている自分としては、このスピーチには心から共鳴した。彼が言った「世界に共通した新しい価値観」それこそが、今最も求められているものだ。日本だけでなく、世界中の人々が意識を変えなければ、人類は間違いなく「核=原子力」によって滅びるだろう。
                        

 福島第一原発の放射性物質は、日本を汚染し地球を汚染した。最初の生命体がうまれてから40億年かかってやっと人類が棲めるようにまでなった地球を、人類は自ら生命の生存にとって最も反動的な核(核=原子力)によって、再び全てが死滅する原初の世界へ戻そうとしている。核は決して物理学者のおもちゃでは無い。腐りきったエリートを排除し、世界中の市井の人々に意識革命が起らなければ、間違いなく人類は滅亡するだろう。その後には人類どころか蟻すらもいなくなった地球と、いつもどうりの悠久の宇宙が広がっているだけだ。今、人類は試されている。

*完全版:村上春樹さんカタルーニャ賞受賞スピーチ

【歴史は繰り返す】864年:富士山噴火/868年:播磨国地震(阪神)/869年:貞観地震M9・貞観津波(東北)/871年:鳥海山噴火/874年:開聞岳噴火/878年:相模武蔵地震(関東)M 7.4/887年:仁和地震(東海東南海南海地震)M9・仁和津波(M=推定)



ページのトップへ
Ads by TOK2